r a u  e r e i : 5


「シルバー!…聞こえてんのか!歩く速度速ェぞお前!…おい!」
(……)

背後からぎゃあぎゃあと騒ぐゴールドの声を聞きつつ、シルバーは大きくため息をついた。
どうしてああもあいつはあんなやかましい声が出せるのか。ここは街の中だぞ、少しは慎め―――周りの奴らがわざわざ振り返ってオレたちを見てるじゃないか。
シルバーは大きな声で名前を呼ばれることをあまり好かない。
今まで名前を呼ばれる経験がそうなかったせいか、ブルーはとても綺麗な声で自分を優しく呼んでくれていたからか……それはよく解らないが。
何処からあんな大きな声が出るんだ。  …普通にそんな疑問がわいてしまうほどだった。

(…ったく、やっかいな奴に負けたものだ)

…それはつい3日程前のこと。シルバーはコガネの街中でばったりとゴールドと出会った。
あの事件の終結後リーグチャンピオンにバトルの教えを乞うと言って走り去って以来、彼の姿を見ていなかったが…シルバーも目的があって街にいたわけではないので、
それは本当に偶然といっていいものだった。
「……」
「よー久しぶりだなシルバー」
久しぶりではあったがゴールドの姿は最後に見た時から何処にも変わりはなく、それで油断してしまったのか。
いきなりバトルをしようと言われ、断る理由もなかったのでそれに応じたのだが…敗北を喫してしまった。奴が成長したのか、自分が怠慢だったのかは判らない。
呆然とする自分にゴールドは嬉々とし、こう言ってのけたのだ。
“うっし!…テメェ、一日俺らに付き合え!遊びに行くぜ!”
何か要求はしてくるだろうとは思っていたが、まさか「遊びに行こう」と誘われるとは思わなかった。

そうして今日に至る。 俺“ら”とのことで誰がついてくるのかと思えば、これまた久しぶりのクリスだった。
もう何分わめいているのかわからないほどのゴールドに比べ、隣のクリスは礼儀正しくシルバーに「ごめんなさい」、と言い出す。
「私の用事についてきてもらっちゃって。コガネに行く途中でゴールドに会ったから…シルバーにも会いたいわね、って言い出したら呼び出してしまって」
「いーだろ?どーせお前暇なんだろうし」
勝手なゴールドの言い分には呆れ果てたが、暇であるという所は間違ってはいなかったので何も言い返さなかった。
「コガネデパートの屋上でね、今日安売りがあるって聞いたから…珍しい品物もたまに出るの」
クリスはオーキド博士の助手をしつつ、未だポケモン塾にちょくちょく手伝いに行っているらしい。貧乏っぷりは相変わらずのようで、やりくりも大変なのだろう。
聞けばゴールドもたまに通っているようで、全く暇なのはどちらなのか。…最も、奴も暇なだけでそこに通っているのではないだろうが。


ゴールドとクリスはデパートに着くまで(着いてからも、)途切れることなく会話をし、オレがいる必要はないのではないだろうかと思うほどだった。
ゴールドが見ず知らずの女をナンパしただの、クリスが品物について眠くなるような解説をしただとかで5分置きにケンカをしている。
冷静なクリスもゴールドが絡むと周りが見えなくなるらしく、彼女も一緒に大声を張り上げていた。
眉を顰めるオレにも気づかないらしい… 最も、周りの人間から見ればオレもこいつらと同じと思われているのだろうが。

“ねえシルバー、あの子たちは誰なの?”
少し前にねえさんに言われた言葉を思い出す。
“あの子たち?…ゴールドとクリスのこと? …別に…何か知らないうちに一緒に戦ってくれた奴らだけど…何だというわけじゃ”
“あら、そうなの?…シルバーのお友達かと思ったわ。…そうなんじゃないの?”
“……ともだち?”


その時のねえさんの驚いたような表情は今でも覚えている。ねえさんは普通にゴールドとクリスはオレの友達なのだ、と信じていたらしい。
でもオレはそうとは思っていなかった… いや、思えなかった。
ねえさんが他の図鑑所有者たちを「友達」と表現したのを聞いた時と同じく、「友達」の感覚が掴めなかったからだ。




「わぁ…何だか安売りっていうよりは小さな市みたいね」
ただでさえ大きなコガネのデパートだ。屋上も中々広く、小さな露店がたくさん設置されている。確かに安売りというよりは小さな市がそこに立てられたような感じだった。
そう、それはあの時の―――ねえさんと一緒に見た、あの公園の蚤の市そっくりだった。
「やっぱりなんでもなおしは買っておくべきだし…あとかいふくのくすりももしもの時のために買っておいたほうがいいかしら?……」
クリスはぶつぶつと独り言のように呟きながら品物を見始め、ゴールドは向かいの店で番をしている女に目を奪われている。
シルバーは手持ち無沙汰のため辺りを歩き始めた。…とはいっても何の当てもない。 よく女性がするようなウィンドーショッピングの感覚だった。

そこの男前の兄ちゃん、ちょっと見ておいきよ… これを逃したら損するぜ、と様々な誘い声がシルバーを交差する。
どの声にもシルバーは反応することはなかったが、ふとある店の品物に目が留まった。
(あれは…)
ふらり、と自然に足を向ける。店番をしている男は他の客にせっせと売り込みをしていて、近づいてきたシルバーには気づいていないようだった。
オルゴール…そして、聞いたことのあるメロディ。
もしやと思ったが、近づいてよく聞いてみてそれは確信に変わった。 …やはりこれは、あの時ねえさんが聞いていたオルゴールの曲。
記憶はもう朧気だったが、何故かあの曲だと確信してやまない。
「お待たせ、シルバー!何か買うの?」
ぽん、と肩を叩かれる。買い物袋を2つ持ったクリスと頭で腕を組んだゴールドが、いつの間にか背後に立っていた。
「買い物は終わったのか」
「ええ、おかげさまで!…あら、このオルゴールの曲…懐かしいわ」
「この曲を知ってるのか?」
「ええ、勿論よ…これはね、モーツァルトのトロイ・メライ。母親が子どもに聞かせるような…子守唄ね。この曲のオルゴール、昔ママに誕生日プレゼントでもらったの…
よくこれを聞きながら眠ったわ。他にも色々なクラシックのオルゴールがあったけど、特にこれは好きだったわ」
うっとりとクリスが目を細める。…博識なクリスらしい思い出だと思った。
「俺ぁクラシックなんて全部同じに聞こえるぜ?ほんっと、クリスはどーでもいいことばっか知ってるよなー」
「どうでもいいってことはないでしょ、常識よ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を放っておき、シルバーがそのオルゴールを手に取る。
あの時ブルーと見たものよりも一回りほど小さく、テディ・ベアがふたの上でくるくると回っている可愛らしいそれ…キラキラとしたダイヤのような石が側面に散りばめられ、
きっと女の子なら欲しがるようなものだった。
「ありがとうございましたー!……お?兄ちゃん、そのオルゴール買うかい?安くしとくよ!」
凝視するシルバーとその周りのゴールドとクリスにやっと気がついた店番の男が早速売り込みを始める。
「あ…いや」
「何だい遠慮するなって!もしや、彼女へのプレゼントとかか?彼女用だったら包装もするぜ」
「か…っ」
「おんや〜?シルバー君、いつから敬愛する姉君が愛しの彼女になったんだ〜?」
ここぞとばかりに、にやにやとゴールドがシルバーを覗きこむ。見たこともないライバルの真っ赤となった姿は、彼のからかいの格好の餌食だ。
「う…うるさい黙れ!!」
近くにいたばかりに、シルバーの鉄拳はゴールドの頬に見事クリーンヒットした。(あまりの小気味良い音に、クリスが吃驚したほどだ)
「いっ…てぇな!何すんだこのシスコン!!」
「やかましいこのへらず口!!」
髪をつかみあい今にも殴りあい…もしくはポケモンバトルと始めんばかりの勢いの二人に、クリスは慌てたが周りの者たちは微笑ましくそれを見ていた。




「ちょっと、…二人とも大丈夫なの?頬が赤いわ」
ポケモンバトルこそ始まらなかったものの、取っ組み合いを暫くやめなかったゴールドとシルバーの頬はどちらも少々赤く腫れていた。
ゴールドはシルバーへの文句をぶつぶつと言い、シルバーは無言でクリスとゴールドの前をずんずんと歩いている。(双方とも怪我の痛みはないようだ)
かなり険悪な雰囲気。クリスは居心地の悪さを感じたが、しかしそれ以上に―――
「…何だか驚いたわ」
「何がだよ?」
「シルバーも意外に年相応というか、…喧嘩っぱやい所があるのね。いつも冷静沈着なイメージしかなかったけど…」
「ハァ?そいつがか?…めちゃくちゃ負けず嫌いだぜそいつ?バトルででも2匹で片をつけてやるーとか言って負けそうになったらバンギラス出しやがって」
「…あれは負けそうになったわけじゃない、すぐに片をつけてやろうと思ったからだ」
「だったらあそこで負けを認めりゃあ良かったんだろ!」
「そうじゃなくて!それはポケモンバトルででしょう?…殴り合いなんてすると思わなかったってことよ」
背後でされている自分の性格解析にもどう反応していいのか判らず、シルバーは黙ったまま歩き続けていた。
「私は喧嘩は苦手だけど、男の子同士だとそれが普通なのかもしれないわね」
「そいつがもっとあの嫌味な性格直せばいい話だけどな。ま、男は喧嘩してナンボってやつ?」
「そんな乱暴な言い方はやめて!出来るだけ喧嘩はしないでほしいんだから…仲良くしましょう?私たちは友達なんだから」

じゃり、と靴の裏で砂が潰れる音がした。胸が不愉快さに跳ねる。
…そんなシルバーに気づくことなく、あ、そういえば、とクリスがぽんと手を叩いた。
「シルバー、今日はありがとう。ゴールドもね。シルバーもまた何か用事があったら、遠慮なく呼んでね」
「…何故だ?」
「え?…だって、今日私の用事に付き合ってくれたし、今度は私たちがシルバーの…」
「…何なんだ?その論理は。いつでもオレたちは一緒にいるのが普通なのか?何処へ行くも一緒なのが普通なのか?」
明らかにシルバーの声音は違っていた。先ほどまで調子とは全く違う…何かシルバーを不愉快にさせるようなことを言ってしまったのかとクリスも驚く。
まるで喧嘩を吹きかけてきているかのような(それでも先程までの嫌味とは全く違う)シルバーにゴールドも目をみはった。
「…シルバー、何かが気に障ったのならごめんなさい。でも、友達が一緒にいることは普通のことよ。シルバーが私たちを友達だと思っていなかったのなら悲しいけれど、
少なくとも私たちはシルバーを友達だと思ってるわ」
「ともだちって何なんだ!!」
ずっとゴールドとクリスに目を向けることなく、前を進んでいたシルバーが振り返った。まっすぐと二人を見つめる、銀の瞳が震えている。
「どうしてお前たちはオレに構う!?オレに何を望む!?…オレは…ともだち、なんて知らない…っ!」

オレは、ねえさんしか知らない。ねえさん以外の人間は、全部敵…そう思い込んで生きてきた。
…否、そうじゃないと、“生きられなかった”。
―――怖かったのだ。 自分の世界に、ねえさん以外の人間が入ってくることに…他の温もりなんかいらない。ねえさんがいれば、それだけでいい。
…そう思わないと、自分を保てなかった。

悲鳴にも似たシルバーの言葉に、クリスは優しく微笑んだ。
「…わからないわ。友達って定義づけると、説明がとても難しいもの。…あなたと一緒にいたいの。私もゴールドも、あなたに何も望まないわ。ただ、一緒にいたいだけなの。
…それでは、駄目かしら?」
「…クリス」
「でも望むとしたら…。シルバーが苦しんでいたら、助けてあげたい。私たちが苦しんでいたら、シルバーに助けてほしい。シルバーが喜んでいたら、私たちも喜びたい。
私たちが喜んでいたら、シルバーにも喜んでほしい―――そういうことを望んでは、駄目かしら?」
「…クリス、勝手に決めんじゃねぇよ」
頭の後ろで腕を組んでいたゴールドが、びしり、とシルバーに親指をたてて指した。
「俺はそいつを仲良しの友達だなんて思ってねえ!俺はまだテメェをバトルでやっつけてねぇ!テメーをけちょんけちょんにやっつけるまでは、…やっつけてからも、近くに
いてもらわねーと困んだよ!!この俺様の強さを存分に見せつけねえとな!」
もう、どうしてそんな言い方しか出来ないの、とクリスがゴールドをたしなめようとしたが…当のシルバーは一瞬顔をぽかんとさせたあと、すぐにふ、と微笑を零した。
嫌味でも嘲笑でもない、初めて見るシルバーの笑顔…すぐにそれは消え去ったが、クリスはそのシルバーの優しい笑みを見逃さなかった。
「じゃあ、オレは一生お前から離れられないってことになるな?オレがお前に負けるなんてありえないからな…やれやれ」
「んだとォ!?言いやがったなテメェ!後悔させてやる!……」


再び目の前で言い合いを始めたゴールドとシルバーを、クリスは今度は止めなかった。 むしろ、自然なうちに笑みさえこぼれていた。
(…馬鹿ね、ゴールド。ライバルは、一番の友達よ)

口は悪くとも、優しい友人たち。…そんなゴールドとシルバーとずっと一緒にいたい――――クリスはそう切に感じていた。



・・・Next