わたしの人生って、どういったものだったかな。
偶々通りかかった電化製品店のショーウィンドウに置かれているテレビを見て、杉本鈴美はふとそんなことを考えた。

今までは、そんなこと考えたこともなかった。「どうにかしてあの殺人鬼のことを誰かに知らせなければ」――そんな思いを抱きながら、同時に空へと上っていく無念の魂を見て体を震わせ泣くことしか出来なかった。基本的に、あの小道から出ることはなかった。そんなことを、もう何年も続けていた。
今思うと、自分は諦めかけてすらいたのかもしれない。このまま無念の魂を見送っているだけでは、自分が苦しいだけだ。素直に“振り向き”、父母の元へ行った方が楽なのかもしれない。そんな鬱屈とした気持ちが胸の何処かで存在しかけていた。

しかし数日前に岸部露伴に再会した時、鈴美の日常――死んでいるのに、そのような言い方もおかしい気もするが――は、ぐるりと世界を変えた。

自分の中で記憶として存在していた、あの小さな男の子はもうそこにいなかった。
彼は自己中心的ともいえる程自信に満ち溢れ、しかし何処か可愛さを未だ持ち合わせ(鈴美の目から見て、だ)、凛とした姿で鈴美の前にいた。幼い頃の彼、そして彼の姉のように生きていた頃の自分を同時に思い出させ、封印されかけていた色々な思い出が吹き出してくる。胸にこみ上げてくる思いに、目頭がぎゅっと熱くなった。
「大きくなったわね」、と抱きしめてあげればよかった。それをしなかったのは、彼が自分のことを覚えていなかったからだ。それを責めるつもりはない。むしろ、自分に対し他人のように振舞う彼に安心感すら覚えた。
あんな怖い思いを持って生きていくなんて、酷だわ。それならば、なかったことにしてくれた方がよほど露伴ちゃんのため。
彼の親も同じようなことを考えたに違いない。だからこそ、自分も再会した時にお互いがどういう関係であったのかを伝えることはしなかった。
……寂しいという思いがなかったかといえば、嘘にはなるが。

立派に成長し、それでも性格はあの頃とあまり変わっていない露伴を見た瞬間、確かに鈴美は心に色々な感情が芽生えるのを感じたのだ。
その一つが、勇気。
よくはわからないが、露伴を始め彼の周りにいる人間たちは“スタンド”といった特殊な能力を持ち合わせているらしい。だからこそ自分の姿を確認することが出来た。そしてその能力さえあれば、あの正体すらわからない殺人鬼を追い詰めることだって可能となろう。暗い道の先に、一筋の光が見えた瞬間だった。

そんな希望が見えた頃から、鈴美は小道にただ立ち尽くすだけの日常を改めた。
ちょくちょく小道から外へと出て、殺人鬼の手がかりを探した。空を見上げて終えるだけの日々を過ごすことも少なくなった。時々、そんな使命すら忘れて町へ散歩へ出ることもあった。相変わらず多くの人間に自分の姿は確認出来ていなかったが、それでも自分が生きていた頃といささか姿を変えた商店街を見てまわることは楽しささえ感じられた。
最も、露伴に諌められていたため、それほど遠くへ行くということはしなかったが(「スタンド能力者にはキミの姿が見える確率が高い。つまり、わかるか? 敵に見つかる可能性も高いってことだぜ。キミは戦闘能力なんて一切ないんだから、あまりうろちょろするもんじゃあない」)。

そんな中、ある店で鈴美はふと足を止めた。そこは、電化製品の店であった。
自分が生きていた頃にこんな店はあっただろうか?思い出せない。とにかく、その店は店先から数多くの扇風機、エアコンなどが所狭しと並べられていて、その風に扇がれて吊るされた風鈴がちりん、と鳴っていた。その風流な音は、この杜王にもう夏が訪れていることを教えてくれている。
店頭のショーウィンドウは見る人の姿が写るほどぴかぴかに磨かれていて(もちろん、自分は死んでいるため写りはしなかったが)、初夏の日差しを諸に受け、置かれているテレビを見辛くさせていた。そんなテレビの中で写っているのは、純白のドレスに身を包み幸せそうに微笑む妙齢の女性。テロップには、「私の人生。これまでもこれからも、幸せ一杯です」などと大きな文字が並んでいる。

わたしの人生、か。そういえば、あまり思い返したことはなかった。
たった16年で終えた人生を、人は哀れと思うことだろう。自分でも、時々「哀れだなあ」なんて思うくらいだ。もう16年も前のことだ、鈴美自身「思い返すのが怖い」だとか、「あの事件は辛かった」なんて思いはもはやない。恨みを晴らしたいとか、そんな思いもない。今はただ、新たな犠牲者が増えることを食い止めたいだけだ。
しかしそれを叶えるには、自分一人の力ではどうしようもないのだ……悔しいけれど。
でも、今は違う。
露伴ちゃんが。わたしの後をいつでもついてまわっていた、あの小さかった露伴ちゃんが。わたしのために、力を尽くしてくれている。

そういえば、この商店街を抜けた先には――。
並み居る人込を物ともせず、鈴美は先へ向かって歩みを進めた。


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