きっかけは一つのチラシだった。
好きこそものの上手なれ、ボクは今やコーディネーターとしてそれなりに自立し、各地のコンテストを総なめにしていた。それは自惚れではない、現に部屋の棚には手持ちたちにつけきれない程のリボンが積み上げらているのだから。それはどれもピカピカと輝いていて、コンテストで一番輝いていた者の証であることを如実に現している。
今日もたくさんのコンテスト大会の広告が、家のポストに押し合い圧し合いとなっていた。それを取りに行くのがボクの日課。すごい数ねえと笑うママの顔も、何処か誇らしげ。父さんはその中から新聞だけを救いとって無言を貫く。その日はちょうどサファイアが朝食を食べに来ていて、その広告のあまりの数に目を丸くしていた。そして「すごか数とねえ」と呟く。
「これ全部に出るとか?」
「流石にこれ全部に出るつもりはないよ。チェックだけして、面白そうな主旨の大会や出場者を調べて興味があるものだけ挑戦するんだ」
「へえ。それにしてもすごか」
サファイアはその中の一つのチラシを取った。
そこには煌びやかなモデルが、愛らしいベビィポケモンと共にポーズをとっている姿。「この人最近よくテレビに出ているよね。コンテストが最近人気だからって、こっちにまで姿を見せて」と皮肉たっぷりに言えば「知らんとよ。あたしテレビは好かんとね」とサファイア。全く流行に疎い彼女らしい。
「それにしてもコンテストってそんなに人気とか?」
「まあね。最近は色々な年齢層が見に来てくれてると思うけど、特に女の子たちにはやっぱり根強い人気。何せ自分の好きなポケモンたちが大きなステージで輝くんだからね!女の子ってそういうの好きだろ?」
「そんなもんとね……?」
「あ、そうだサファイアもやってみたらどうだい?」
「へ」
彼女を嘲るつもりがあったわけでもない。ただ単に、コンテストをしたことがない彼女にコンテストの楽しさを知ってほしかったからだ。ボクたちはあの頃――お互いに嫌悪しあっていたあの頃――よりは、少しは大人になった。ボクはバトルを(進んでではないが)することもあったし、彼女の特訓の相手になることもあった。彼女がボクのコンテストを見に来てくれることもあった。コンテストが終わった後に、「COCO、凄かったとね! それに対戦相手のポケモンも綺麗やったとよ!」と目を輝かせてくれることもあった。お互い、心身ともに成長したと思う。だからこそ、「今度は挑戦してみてはどうか?」と聞いたのだった。
「あ、あたしがとか?! そんなの」
「いいじゃないか!敗けたって何のペナルティもないんだし、一度経験するだけでも!」
「うー……」
「勿論ボクがフォローするよ。ポケモンのコンディションの整え方とか、技の魅せ方とかね。それにトレーナー自身も気をつけないとダメだからね」
つらつらと話をするボクに対する、彼女の反応は上々だった。
正直「それでもやっぱり嫌ったい!」なんて言い出すのではないかと思っていたが、ボクが思っていた以上に興味はあったらしい。最後まで戸惑いや迷いこそあったようだったが、参加する意思は十分に見受けられた。
そして数日後、ミナモシティでのコンテスト大会。まずは手始め、ノーマルランクから。始めは敗北でもいい。サファイアは負けず嫌いだから、敗けたまま辞めるなんて言わない。しばらくはコンテストに熱をあげるサファイアが見られるだろう……その熱は必ず力となる。コンテストで優勝出来る日が来るだろう。そうすれば上昇志向のあるサファイアはきっと上のランクを目指したくなる。そうして徐々にランクをあげていければいい――ボクはそう軽く考えて、何処かふわふわと浮ついた気持ちで応援席に座った。
そうしてその日一日が終わった時、ボクが呟いたのはたった一言。
「Marvelous……」
サファイアの手には、4つのリボン。
華奢で可愛らしいホワイトリボン、更なる可能性を秘めるブロンズリボン、荘厳な輝きを発するシルバーリボン、王者の威光を放つゴールドリボン。ノーマル、スーパー、ハイパー、マスター――「うつくしさ」部門だけとはいえ、全てのランクを制した。流石のボクも閉口さざるを得ない。
「キミのちゃもは“れいせい”な性格だから、うつくしさだけを勧めたけど……まさか優勝するとは思わなかった。しかもすべてのランクで」
「これでもあたし、昔は今のあんたのように綺麗なものが大好きな性格やったとよ。どうしたらポケモンは可愛く見えるかとか、綺麗に見えるかとかもわかっとるつもりったい。それに着飾り方も。……体が覚えとるもんとね」
胸を張って隣に立つちゃもにリボンを4つつけてあげながらも、サファイアの顔は少し複雑そうだ。
それを聞いて改めて自覚をする。サファイアが昔のボクに憧れて強くなってくれたように、ボク自身もあの時の綺麗なものが好きだったサファイアに憧れてこんな性格になったことを。言うなればボクの基盤だ。敗けると決めつけていた自分が恥ずかしい。彼女は今とて、可愛いものが大好きな性格だというのに。
「コンテスト楽しかったとよ。でもやっぱりあたしはバトルの方が好きったい。魅せることば意識するのは苦手とよ」
「これだけ容易く優勝しといて、それを言う? とにかく優勝おめでとう。凄かったよ」
待っていてくれたとろろに二人で乗り、ミシロへ帰路を取る。宙へと浮き上がった瞬間に、背後のサファイアがそっと囁いた。
「……ねえ。優勝した、ご褒美は無かとか?……」
舞いあがった風に吹き消されてしまいそうな程か細いその声を聞けば、サファイアがどれだけ緊張しているかがわかる。振り返って、彼女のツンとした鼻に一つだけ口づけを落とした。
「家に帰ったらね」
それだけでサファイアは顔を真っ赤にして、それを隠すようにボクの背に体を寄せてくる。重なり合う体が、トクトクと早い彼女の鼓動を伝えてくれた。
――成程。サファイアが優勝するのは当然だな。
こんなに可愛いんだもの。
改めてボクは納得した。