永年の野望を打ち砕かれた痛みは、ゲーチスの身体にも心にも堪え難い傷を刻み込んでいた。
キュレムを奪われ、正義の杭を突き立てられた体は鉛のように重い。
もはや自立することも叶わぬ程に、その傷はゲーチスを打ちのめしていた。
忠実な側近である影―ダークトリニティに支えられ、ゲーチスは何とか深い森に身を隠すことが出来た。
「ゲーチス様……水を汲んで参ります」
その名の現す通り、ダークトリニティが闇に溶けるように姿を消す。
三つの影が見えなくなると、ゲーチスは崩れる様に大木に身を預けた。
木陰から零れる光が、急激に弱まる。日が雲間に入ったのだろう――眼前に拡がる暗がり、そこにゲーチスは一つの姿を認めた。すらりとした体躯、揺れる柔らかな一筋の髪。見覚えがありすぎて、ゲーチスは忌々しさに顔を歪ませた。
「ア、クロマ、お前」
「ゲーチス。プラズマ団は解散させます」
突如姿を見せたアクロマの言葉に、ゲーチスは今度こそ目を剥いた。
「何だと……! そのようなこと許さん! プラズマ団はワタクシの、」
「いいえ。"あなたの"ではありません。今は"わたくしの"プラズマ団です」
静かな、されど強い力をもった言葉だった。
ググ、と歯を食いしばるゲーチスに、アクロマは今度こそ憐みを隠さなかった。
「裏切り、者め」
力のない、絞り出すようなそれに、アクロマは嗤う。
「ご存知だったはずでしょう、わたくしの名は」
自身を完璧な存在と謳い、踏ん反り返っていたあの尊大な男は何処へやら。
結局この男は、王座という名の隔離空間で一人吠えていただけに過ぎなかった。
時間と金。自分の人生の全てを懸けて築いてきた野望を、うら若い存在にやすやすと砕かれた。
持って生まれた才の違いをまざまざと見せつけられるその屈辱に、ゲーチスは終に潰されたのだ。
ゲーチスの自尊感情の高さを熟知しているアクロマからすれば、その杭の痛みは想像に難くない。
この男はもう、立てない。
「貴方は自分の真実を貫くことが出来ず、かの若者に敗けた。
その地点で、わたくしと貴方が共存する道は潰えたのです。
わたくしは悪魔に魂を売りましたが、悪魔と心中する気はありません。
今の貴方はまさに名の通り、不協和音と成り果てている。あなたに共鳴する者はいないでしょう。
精々、影と戯れるが良い」
ゲーチスは顔を青くさせ、呻いている。その体は酷く、震えている。
それは激しい怒りから来るものか、散々与えられた傷が疼いているのか。理解は及ばない。
理解をする気も、ない。
さようなら。
アクロマは踵を返し、そのまま振り返る事はなかった。