正直言って、海底洞窟で宝珠…超古代ポケモンに心身を支配された二人のリーダーたちを見たとき、ボクは底知れない恐怖を覚えた。
「それ」、は血みどろな惨劇であったわけでもないし、グロテスクなものであったわけでもない。けれど、非常識なことが目の前で起こっているのは、はっきり言って怖い。
心は悪であったにせよ普通の人間であった二人が、まるで獣のように目を光らせて訳のわからない言葉を発しているんだから。
そして、薄暗かったのにはっきりわかるほどの濃色で大きな影……グラードンと、カイオーガ。 ボクらをまるで覆わんとでもしているかのように、大きな、大きな影。

…それでも戦わなければと思えたのは、ボクの隣で恐怖に小さく震えていた――それでも気丈に立ち向かっていた、彼女のため。





それからボクらは、いつの間にか海底からこのマボロシ島に到着していた。
二人ともが事情をよく飲み込めないまま、師匠の師匠であるという大師匠と、フウとランという幼いジムリーダーと特訓をするよう言い渡されて――今に至る。


「――よし、今日はこれくらいにしよう」
ソルロックの“サイコキネシス”でマイナンが吹き飛ばされるのとほぼ同時に、ランがそう叫んだ。

朝からの修行を続け、何時間経っただろうか。 …否、何時間とはっきり計測していようとも、それは無意味にすぎない。
このマボロシ島では時間の流れが普通の世界とは違い、極端に遅かったり速かったりする。例え5時間くらいだと思っていても、実はたったの1時間だったということさえありえるのだ。
勿論逆というパターンもある。太陽は中天を少しすぎたくらいにあるが、もしかしたら外の世界はもう夜かもしれない―――。

それにしても、流石は幼くともジムリーダー、とルビーは思う。 自分もサファイアも息があがり額の汗をぬぐっているというのに、相手二人にはそのような素振りは全くない。
「ありがとうございます、ジムリーダー様!」
「やはり二人とも素質があるね。新しいトウカジムリーダーの息子と偉大なる博士の娘なだけはある」
ボクとしてはそこで父さんの名前を出されるのは素直に喜べないものがあったけれど、サファイアは大好きな父親を褒められてとても喜んでいるようだった。
「今日はこれで終わりですか?」
「ふふ、やる気があるのは結構だけれど」
「ただがむしゃらにやればいってものじゃないよ。決められたペースで行うのが大事だから」
「十分に休んだら、アダンさんの所へ行ってごらん」
「バトルだけが修行ではないからね」
ポケモンたちをボールに戻し、二人が交互に言葉を発する。 その調子のピッタリさはさすが双子、と感じるものだった。

「特にサファイアは」
「体調が悪いようだね。色んなことがあったから疲れが出たのかもしれないけど、管理には気をつけて」

ピクリ、とサファイアが肩をはねさせる。
フウとランはそれ以上は何も言うことなく、僕らの前から姿を消していった。


「…体調が悪い?」
二人の姿が見えなくなると、サファイアはルビーの前で膝をついた。  息を荒くして、苦しそうに肩を揺らしている。
「ん…何だか、ひどく熱かよ」
今の今まで隠していたのだろうか。 それに気づいてあげられなかった自分に少々の苛立ちを覚え、彼女の目線にあわせて膝をつく。
彼女は額を再度ぬぐい、まるでひどい倦怠感に襲われているようだった。 …顔をあげる気力もなさそうだ。
「熱いだって?今日は涼しくて風は少し冷たいくらいなのに… …もしかして、風邪かい?」
「わからん」
「わからんって、キミねぇ…。ま、キミらしいけどさ」
野生児なこの子のことだ、今まで風邪なんてひいたことないだろう…だから夏の暑さとはまた違った“熱さ”にとまどっているのだろう。ルビーはそう単純に考えた。
しかし、ルビーがサファイアの額に手をあてても、そこに高熱は感じられなかった。
「?」
クエスチョンマークが浮かぶ。…彼女が嘘を言っているようには見えない。演技が出来るような子じゃないし、とても苦しそうだ…確かに、彼女は熱さを覚えている。

何故、と一瞬思いはしたが、すぐにその摩訶不思議な現象の回答は得られた。
(…ボクらの体内に入り込んだ、宝珠のせいか)

マグマ団とアクア団、あの両リーダーの体内にあった宝珠。それが今度はボクたちの体内に入り込んでしまった。
手の甲に模様が浮き出ているためその事実だけは彼女も気づいているだろうが、ただそれだけだと思っているに違いない。
しかし、この秘宝なる珠は想像以上の力を秘めている。ルビーはそう考えていた。
今はまだ手の甲だけだけれど、このままだともしかしたらボクたちに何か悪影響が出てくるかもしれない。 最悪、あのリーダーたちのように体を支配されてしまうかもしれない―――
彼女を無意味に怖がらせたくもないし、確証が持てなかったのでルビーはまだこの推測をサファイアに話してはいなかった。
ルビーにはまだ何も影響は出ていなかったが、どうやら意外にも、サファイアの方に先に出たようだ。
宝珠の余りある力が体内で熱を発生させているのだろう――拒否反応のようなものだろうか?  しかし、対処のしようがわからない。

(大師匠は絶対、ボクたちの体内の異変に気がついている。どうしてそれを言ってくれないのか聞くつもりだったけど…これでは、特訓にも支障をきたすかもしれないな)
大師匠に相談すべきだろうか。フウさんとランさんにも言うべきだろうか。

「…とりあえずサファイア、休んだ方がいいよ。水を汲んでくる、待ってて」
確か綺麗な泉があったはず。 寝かせて安静にしていれば、体内の熱も収まるかもしれない… しかし、立ち上がろうとしたルビーの腕を、当のサファイアは弱々しく引いた。
「…サファイア?」
「いや…」
彼女はふるふると頭を左右に振り、拒否をしめす。
「行かんで」
「…どうしたの? ただ水を汲んでくるだけだ―――遠くへなんて行かないよ」
「水なんていらん…怖か。ここにおって、あたしの傍に」

意外、とも思える発言だった。 どちらかといえば彼女はベタベタされることをあまり好かないし、彼女をいつでも抱きしめていたいような自分に拒否さえしていたというのに―――

「…何が、怖いの?」

そんな問いかけは無意味だとルビーはわかっていた。義務のように聞いてしまっただけだ。 
体の中で反応をし続ける宝珠の存在のせいだと彼女に言い当てられるはずもない…底知れない恐怖の理由なんて判るはずもない。
案の定、サファイアは首を横にふり「答えられない」、の意を示す。
「わからん…でも、怖か。……熱くてたまらんとよ…こん体が自分のじゃなか気分ったい…   …助けて、ルビー」

顔を真っ赤にさせて、瞳に涙さえ滲ませて―――それは熱さのせいではないことはわかっていた―――彼女が発した、“助けて”の言葉。
こんな反応をルビーはサファイアから受け取ったことがなかった。  …否、“いつかあってほしいと願ってはいたが、きっとないだろう”と諦めていた態度だった。
「…勘違いしちゃいそうなんだけど… …それは、…誘っている、と受け取ってもいいのかな」
揶揄するように言ってみれば、サファイアは更に頬を赤く染めるだけで応も否も言わない。 けれど、それがサファイアの精一杯の態度だということはルビーには判っていた。

にわかに心の中で劣情が首をもたげる。 その感情は気のせいだ、とこのまま彼女を休むよう腕を押し返すことは出来る、けれど―――自分のこの一度高ぶった感情は、
そうそう抑えられない。
そこまでまだ自分は、人間が出来ていない。





慣れた手つきで彼女の服をはだけさせ、鎖骨に口を落とす。 肉の全くついていない、骨をなぞるかのような動きに、サファイアがびくりびくりと小刻みに震える。
量感のない彼女の胸を指先で撫で、既に立ち上がっていた小さな桃色の飾りを弄ぶ。
…反応するサファイアの声に、嫌悪感は全くない。 …恥ずかしさよりも、快楽の方が大きく上回っているようだった。

(そこまで宝珠の力が影響してるのか)

愛撫をしながら、冷静に関心してしまうほどだった。このようなサファイアの反応は見たことがない。
体を重ねる際、ルビーはいつも“どのようにして恥ずかしがりやな彼女が自分を求めてくるようにしてやろうか”、と画策しているのだから。

(このままだと、胸を触っているだけでイってしまいそうだな)
まあ、それもいいかもしれないけれど。
下部にも愛撫を施そうと手を伸ばしかけた瞬間、ルビーの手がゆるやかにサファイアの手にとめられた。
不思議に思い彼女の顔を見上げれば、ふるふると顔を横に振って―――にわかに、ルビーの胸元に抱きついてきた。それを受け止めつつ、優しく問いかけた。

「…もう欲しいの?」
「…もっと…」
「もっと?」

どういう意味なのだろう、と一瞬動きが止まった。 …そして、すぐにその意図がはっきりとする。
「入れるだけじゃ嫌ってこと?もっと強いのが欲しいのかい? …もっと強い快楽が」
これ以上にないというほど、サファイアの顔が赤く染まり…首が縦に一回、振られる。 サファイアがゆっくりと顔を持ち上げる… 悲願するような、表情だった。

「壊されても良か… ルビーの、好きにして」

ドクリ、何かが体内で波打つ…一気に下腹部に熱が集中する―――こちらとしても、限界が近かった。強い快楽を望むのは、こちらとしても本望だった。
「…じゃあ、上に乗ってみる?」
冗談の意で言ってみたが、驚くことにサファイアは殆ど迷うこともなくこくんと頷いた。 その大胆とも言える行動に、思わずルビーのほうが戸惑いを覚えてしまうほどだった。

何らかの他の原因によってそういう状態に持っていかれるということ―――たとえば媚薬とか―――は、ルビーはあまり好きではなかった。
(だって、自分が一番好きなものは自分で操りたいじゃないか)
出来れば自分の力で、サファイアの理性を壊して自分が欲しいと懇願させたかった。
それでも、本能としての思いがプライドよりも強く働いた。 据え膳は何とやら、ではないが、好きな女性ともっと近づきたい、一つになりたいという思いには勝てない。

彼女の細い腰を抱き、自分の上へと乗せる。
十分すぎるほどのたっぷりとした潤いと熱をもった幼い窪みに、そそり立つソレをうずめさせる―――押し込めるようにせずとも、それは容易く中に挿入った。
彼女の腰を掴んだまま、ルビーは緩やかに体を動かし始めた……意識せずの、本能の行動だったのかもしれない。

「や、ぁう、ふ、あ、ぁ、あぁあぅ …んぅ…っ」

縦横する動きに翻弄されるように、彼女が小さく不規則に喘ぎを漏らす…そんな彼女を愛しいやら、抱きしめたいやら思っていたその時―――
確かにその時、ボクは見た。
ボクの上にまたがって甘い声をあげ、白い首をのけぞらせるサファイアの顔――そして細い体に、うっすらと血管のような白い線が浮かび上がっているのを。

(…あれは)

―――深い深い海底洞窟であの邪悪なリーダーたちの体に浮き出ていた、怪しげなる文様―――。
宝珠(伝説の超古代ポケモンというのが正しいだろうが)に体を支配されているという証拠の印。 それが、サファイアの体にくっきりと…。

そしてまた、気づいた。

ボクの体にも文様が浮き出ていた。あの灼熱の魔物、グラードンを現すかのような模様が肌にじわりと浮き出ていて…
(…ボクも彼女も、今…あのポケモンたちに体と精神を支配されようとしているのだろうか?)
そう考えると、ぞくりとした冷たい恐怖心と不快感が背筋を走った。
彼女はそれどころじゃない(目をしっかりと閉じて、快楽に耐えている)から気づいていないが―――彼女も、今少しづつ深き海底のカイオーガに侵されかけてきているのだろうか?
…改めて彼女を見てみると、可愛らしい面持ちが妖艶な魔女のようにさえ見えた。

熱 い。 熱 い。 熱 、い。

その“事実”を把握すると、今まで何処か冷めていた心がぐっと熱を持った。体にもその熱が走り、まるで強い興奮剤を投与されたかのように感じる。

「!? や、…ぁ!熱…ッ」
そんなルビーの熱さを直接体内で感じたのだろう、サファイアがびくりとはねて体をよじる。
虚ろな目でいやいやと首をふる彼女の腕を、ルビーは無慈悲とも言えるほどしっかりと握り締めていた――逃げないで、この熱を受け止めて――口には出さなかったが。

「いや、ルビ…ッ なして、なして…こげに熱いとか…っ」
「、っ…支配されてるんだよ、ボクもキミも… 恐ろしい魔物に…」
サファイアが熱さにあまりに体を動かすので、繋がったままのルビーも何の刺激もなしということもなく目を細める。


グラードンとカイオーガは今、古からの因縁を今こそはらさんとお互いを求めあっている。 それは深い憎しみであって、かたや深い愛情にも似ていて。
そんな二匹の強い想いを閉じ込めたあの紅色と藍色の珠―――それが今、ボクらの体内にはあるのだ。
影響が出ないわけがない。

「……ッ!!」

何かを感じ取ったのか、彼女が小さく呻いた気がした―――そして、それとほぼ同時にサファイアの体内に熱を迸らせる。

「!! ぁう、ふぁああぁぁああぁぁ―――っ……!」

甲高い彼女の喘ぎが、徐々に小さくなっていく。
それは、彼女が力尽きることを意味するのか、それとも自分の意識が遠くなっていくのか… 確かめることは出来なかった。







行為が終わったあとというのは、とにかくけだるい。サファイアも“熱”が収まったのか、倦怠感は無くなったようだ(最も、違う“倦怠感”に襲われてはいるだろうが)
隣同士、二人で無言で寝そべる。
目の前に広がる空は何処までも青く、まるでこのまま夕暮れなど来ないのではないかという錯覚にさえ陥るほどだった。

「…外の世界は大丈夫やろか…あたしたち、こんなところで特訓なんてしとっていいんやろうか」
いつも愛し合っていた時のように毛布などがあるはずもない。服を渡されたサファイアがそれを胸元にかけつつ、ぽつりと呟いた。
「不安かい?」
「アダンさんが言っとったとやろ?この島、他のところと時間の進み方ば違うって…変な感じ。実感がわかんとよ。ちゃんとお腹もすくし、疲れも感じるのに」
「…生理的なものは全く同じなのに、ボクたちは何ら変わらないのに、時間の進み方だけは違う。 桃源郷、みたいだよね」
「何ね、それ?」
「この世の何処かにあるっていう伝説の理想郷だよ。ユートピアって言うんだけど…そこに住んでいれば人間は年をとらず、何の苦労もしらずに楽に暮らして行けるところさ」
「…死の恐怖もない?」
「大切な人と別れる不安もない。」

ルビーがサファイアをじっと見つめる。 
サファイアはきょとんとしていたが、やがてルビーの言わんとしていることを汲み取ると頬を紅潮させ視線をそらした。
サファイアの真っ白で細い背中がルビーの目に入る。  彼女の腕などの肌は比較的日に焼けているが、日のあたらない背中はこんなににも白いのだ、と驚いた。
思わず手を伸ばし、さらりと撫でた。涼しい風によってしっとりとした汗はほぼ乾いている。すべらかで上質の絹のような―――素晴らしい出来の陶器のよう。愛し気に背中にキスを
落とす。
…サファイアは辺りに脱ぎ散らかされていた服をぎゅっと掴んだ。

「そ、そう。あんたの言っとるトウゲンキョウってのがここなわけったいね…あ、あたしが変な気持ちになったのもそのせいったいね、きっと」
サファイアはやはり宝珠の仕業だということに気づいていないようだった。行為の最中にはっきりと存在を主張していた不気味な文様も見ていないのだろう。

宝珠の仕業だと教えるべきだろうか。
あの珠が体内にある限り、またボクたちは理性を失って互いを貪りあうことになるかもしれないよ、と言うべきだろうか。

(…いや)

何もかも、宝珠のせいだと決め付けるのは酷かもしれない。熱を押さえつけるだけの気力も自分たちにはあるだろうに、それをあえてしなかったのは―――
ボクが、彼女の誘いを断りたくなかったからだ。
彼女が欲しい。彼女がもっと欲しい。そのためだったら、例え何が影響していようとも構わない――劣情に身を任せ、宝珠のせいだと自分に言い聞かせていただけかもしれない。 
彼女と交わりたいがために。

「…ルビー?」
「…そうだね。きっと、この島のせいだよ。好都合だ」
「?」
「この島にいる間はもしかしたらまたキミがボクを求めてくれるかもしれないってことだろう?」
「…馬鹿」
彼女は耳まで赤くしてまた視線をそらしてしまった。
さわさわと、涼しげな風が吹く。 彼女の柔らかな栗色の髪が揺れるたびに、甘い匂いさえも漂ってきているかのように感じた。

「…サファイア、少し眠ったらチイラの実でも探しにいこうよ」

急に眠気が襲ってきた。 サファイアもうん…と生返事をかえし、やがて規則正しく寝息をこぼす。





決戦の日まで、残された時間は――もう少し。