r a u  e r e i : 4


後ろめたさからか、それからオレは暫くブルーねえさんに連絡を入れることが出来なかった。
ねえさんは何回もオレのギアに連絡を入れてくれていた。…でも、オレはそれに気づいていながらとることはしなかった。
リリリ、と小さく鳴りオレが出るのを催促するギアを、聞こえないかのように振舞う―――きっと、姉は怒っているか困っているかどっちかの表情をしているだろう。
(…ごめん、ねえさん)
今ねえさんの声を聞いたら、全てが崩れてしまいそうなんだ。


「出ないのか?」
今も小さく鳴り続けるギアを、少しうるさそうに顔を顰めながらワタルが言う。
「…いいんです」
「姉なんだろう? ブルー、と言ったか、あの女」
まさかスオウでカンナを倒し、自分たちの計画を邪魔してくれたあの女が、お前の姉だったとはな。  因縁に近いものを感じ、彼は笑った。
「そしてその弟であるお前がオレの下につく… 全く、因果というものはあるものだ。お前の姉が知ったら怒るだろうな」
確かにそうだろう。「どうしてワタルなんかの下に」、とブルーねえさんは怒るかもしれない…でも、それはきっとない。オレはこの現状をねえさんには知らせない。
その時のオレは、全てが終わるまでねえさんに連絡は入れないと決めていたからだ。
全てが終わって―――あの男を消し去って、それからねえさんに会えば―――ねえさんもきっと認めてくれる。
オレが何も出来ない、姉にくっついているだけの無力な弟ではないということに。

「お前たちは不器用だな」
その言う言葉の意味が解らず、彼の方を見やる。
「お前のやりたいことは大体俺には解る。行動が不器用すぎる、もっと円滑に動くことも出来ように…いや、方法は解っていようともその方法が取れないのだろうな。
お前の姉は心配しているだろう、大切な弟がどうして自分に連絡を入れないのか…まさか事故にでもあったのではないかと」
「…何が言いたいんですか?」
「絆…か」
オレの問いにも答えることなく、ワタルは遠くを見る。
「姉は弟を想い、弟は姉を想う。お互いを強く思うが故にお互いがうまく動けない。“大切な者”を持ってしまうことはイコール諸刃の剣となる…よく言ったものだ」
諸刃の剣―――強さにもなるが、弱さにもなる。そう言いたいのだろう。
しかし少なくともオレにとってねえさんの存在は“弱さ”にはならない…否定してやりたい気に駆られたが、その言葉はうまく口から出なかった。
「俺はお前の成功を祈ってはいるが―――仇とする男を倒そうとしているのなら、その不器用さ、何とかした方がいいぞ」
ワタルが薄く笑った。
「……」
「…まぁ、俺もそうなのだと言ってしまえばそうだがな」
1年前自身も壮大な計画を抱き、そして叶える事の出来なかった目の前の男は、それきり何も話さなかった。


ワタルが何故初対面である自分に力を貸してくれたのか解らなかったが…もしかしたら、そのあたりでオレに共感を持ったからかもしれないと思う。
手がかりが少なすぎると嘆いていた自分に、ワタルはとてもよくしてくれた。
心からの信用こそしていなかったものの、感謝はしている―――そのおかげで、オレは再び仇とするあの男に出会うことが出来た。
心が酷く高揚したのは言うまでもない…あいつに出会うのは5年ぶりだったものの、姿を忘れられるはずもない。
大きく裂けて弧を描く口と、鋭い目があいた不気味な仮面―――この目と脳に焼きついていたあの日の姿から、あの男は何ら変わっていなかった。

“各地から子供をさらい、カゲで人を操るキサマの非道!  …それをここで阻止する!!”

―――関係のない人間こそ巻き込んでしまったものの、それからオレの行動はスムーズに行えた。
あの男の目的・行動も段々と輪郭を帯びていき、オレとの距離も近づいて… ついに、ニューラの記憶の断片からあの男の野望がオレにも見えて。

“仮面の男は、時間を支配しようとしている!!”

ねえさんはこのことを分かっていたのだろうか?脱出の際あの二枚の羽根を盗んだことも、あながち偶然ではなかったのだろうか?
…そんな疑問はあったものの、その時もまだねえさんと連絡を取ることを己に禁じていた自分には確かめようのないことだった。
しかし――――

“ブルーねえさん!!なんでだああ!!”
“さよならよ、シルバー…今までゴメンね。 あんただけがんばらせて”


カントーにいたはずのねえさんが突然オレの元に訪れ、オレに事件から身を引かせようとした。

(またオレは、何も出来やしないのか)
ねえさんに頼り、事が終わるまで蚊帳の外で見ているのか―――。
刹那、そんな思いが噴き出した。そして…気がつけばオレはケーシィに飛ばされる直前、ほぼ無意識にニューラに“どろぼう”を命令していた。
そうして何とかそれを回避し、ウバメの森で再会したねえさんの顔は…久しぶりだというのに、とても泣きそうな顔をしていた。
(カントーの図鑑所有者たちはねえさんを笑顔にすることが出来るのに、どうしてオレは)
ねえさんを困らせることしか出来ないのだろう。どうして、ねえさんを泣かせるようなことしか出来ないのだろう…

“いっしょに戦いたかった…”

決して口にするまいと思っていた言葉が、朦朧とする意識の中溢れだして。

“今度は…オレがブルーねえさんを…守る…と…”

…ねえさん、オレは。
ねえさんの後ろではなく、ねえさんの隣にいたかったんだ。















終わりは本当に呆気のないものだった。
もっと達成感のようなものでもあると思っていたが、―――あの男は時の狭間に消え去った、ということだけは理解したが、―――とどめをさしたわけでもなく実感が
全くわかなかった。
しかも最後まであの男と一緒にいたゴールドも早々に姿を消し、話を聞くことすら出来なかった。
共に戦ってくれた者たちもあるべき場所へと帰って行き(クリスはねえさんから図鑑のデータをもらって)、いつの間にかそこに佇んでいたのはオレとねえさんだけに
なっていた。

「…アイツ、殴れなかったね」
一瞬何のことかと思ったが、すぐにそれはオレが昔言った言葉だと思い出す。未熟さ故の幼い発言に何処か気恥ずかしさを感じた。
「何か呆気なかったわね。不思議な感じ…昔っからあの男が怖い、と思っていたからかしら…こんなにあっさりいなくなっちゃうなんて思わなかった。
…当たり前よね、あの男も人間だったんだの」
ねえさんもオレと同じことを考えていたようだ。オレたちは恐怖心故か、何処かでアイツを化け物のように感じていた。人間ではない何かに―――しかし、結果はこれだ。
…実感がわかない理由の1つだろう。
「けどね、シルバー。ワタルの下につくなんて本当ビックリしたわよ。仮にも前にアタシの敵だった奴の下につくなんて…一言、相談してほしかったわ」
「…ごめん、ねえさん」
「…ううん、言えなかったのよね。謝るのはアタシの方よね。…そこまであんたを追い込んじゃったのはアタシだもの」
ウバメの木々の合間から、オレンジ色の輝きが漏れ出していた。
いつの間にか、夕刻の時間になったらしい… 何処からか巣へと帰っていく鳥たちの羽音も聞こえた。
「…アタシね、思うのよ。アタシたちはお互いが大事すぎて、…少なくともアタシは、…盲目的になりすぎていたのかも」
本当の絆というものを解っていなかったみたい。今までのアタシたちは、ただ一緒にいることがお互いを一番に、大切に思うことだと思っていた。
弟を一番に想い理解していると思っていた。けれど―――
「シルバーを守ることがあたしの仕事だと思っていた…でも、それが逆にあんたを傷つけていたみたいね」
「違う、ねえさん…それは、オレが弱かったから…頼りなかったから」
「ううん、アタシがそう思い込みたかったんだわ。前に言ったでしょ、アタシは姉としてあんたを守りたいと思ってるんだって。シルバーが、…」
ブルーはそこで言葉を切った。
オレンジ色の眩しい光が、ブルーの顔に濃淡の影を作る。影を負ったブルーの横顔は、ますますはっきりと彼女の美しさを表していた。
「…大きくなったわね、シルバー」
そう言い微笑んだ姉の顔に、ドクンと大きく胸が跳ねる。
「変ね、アタシの方がまだ高いのに。シルバーがとても大きく見える…夕日が、眩しいからかしら」
「…ねえさん」


夕焼けは普段と変わらない色を発していた。
シルバーたちの戦いの勝利など関係ないと言わんばかりに…いや、夕焼けはシルバーたちの戦いが敗北で終わったとしても、オレンジ色に眩しく輝きを発していただろう。 
そういうものなのだ。自分たちにとっては劇的なことであったとしても、この世の中にとっては取るに足らないこと…すぐに消え去ってしまうものだろう。
それでも何かが…言葉には表せられない何かが…変わった、―――シルバーはそんな気がしたのだった。



・・・Next