「パールゥ、お嬢様〜〜…何処ぉ〜?」

まるで飼い主を探す犬のように悲しげな声で、しかし両手にはしっかりと多量のパンを抱えて…ダイヤは相棒のゴンベ、ナエトルと共に川辺を進んでいた。
ゴンベの腕にも同じく、多量のパン。そしてその上に、瑞々しいフルーツや可愛らしいケーキも危なっかしく乗せられている。
その種類の豊富さと多さに、勘の良い者ならば「ビュッフェを楽しんできたのだな、土産までたんまりともらってきて」と察知することが出来ただろう。
そしてダイヤの相方がこの場にいたら、彼の意地汚さに顔をしかめ、「そこに置け!」と怒鳴ったことだろう。
しかし、相方…パールはここにはいなかった。
ビュッフェの終了を知らせる鐘の音を聞き、「もっと食べたいよ〜どうしたらいいんだろパール」と振り返った時やっと、ダイヤは相方の不在に気がついたのだ。
そして、上座に座っていたはずのお嬢様の不在にも。

とりあえず残っていたパンを全ていただき、「パール様なら外へ出て行かれましたよ」とのホテルマンの言葉を聞き、ダイヤは外へ飛び出した。
二人とも、一体何処へ行ったんだろう。もぐもぐ。最近パール、お嬢様がいなくなるとすぐ探しに行くから…もぐもぐ。きっと今回もそれに違いないな。んぐ。
それならば、付き合いの長い幼馴染を重点的に探したほうがいいだろう。
そこにきっと、お嬢様もいるはずだ。



川辺へと続くゆるやかな坂を降りていると、バシャバシャッという乱暴な水音が聞こえてきた。石が何個も粗雑に投げ込まれている音のようだ。

「なあ、落ち着けって…」
「畜生…ッ!これが落ち着いてられるかよ!!」

怒声に驚き何だろうと見てみれば、二人の男が川辺に立っていた。
一人は石を川へ投げつけ、もう一人はその友人だろうか、肩に手を置き落ち着かせようとしているようだ。ポケモンがそばにいない所を見ると、旅の途中の
トレーナーとも思えない。きっと近くの町の住人で、この川へ散歩にでもしにきたのだろう。
まぁ、散歩にしては随分荒れているが。

「アイツ、オレが彼女のこと好きなの知ってたくせに…!それを逆手にとりやがって!!何て汚ェ奴だ!」
「ああ、オレもアイツが彼女と付き合うことになったって知った時驚いたよ。アイツ、先手必勝って笑ってたぜ」
「悪びれる様子もなくしれっとしやがって…アイツに相談したオレが馬鹿だった!!信頼してたのに…畜生、畜生!!!」

(…んー)
男は興奮のあまり言葉も早く、言葉も聞き取りにくいが…どうやら恋の話のようだ。何か困ったことなら力になろうかと思ったが、恋の話題ならば管轄外。
とりあえず男を刺激しないように、逆方向へと歩き出した。
じゃりじゃりと砂地を川沿いに進み、パールやお嬢様がいないか目を周囲へ配らせる。 右を見てパンを一つかぷり、左を見てまたパンをかぷり。
大量に持っていたパンが1つづつ消えていく。最後の一個、となった時、ダイヤは徐に立ち止まった。
「…ちょっと疲れちゃったなあ」
自分がその場に立ち止まると、ゴンベとナエトルも立ち止まった。リュックから敷物を取り出し、その場に敷く。川岸ゆえゴツゴツとしていたが、ゴンベやナエトルは
喜んでそれに横になった。ゴンベはすぐにお昼寝モードに入り、ナエトルは持っていたケーキを落ち着いた様子で口にし始めている。

きっとパールやお嬢様も散歩に行っただけだよね。すぐに戻ってくるよ。オイラもちょっと休憩してホテルに戻ろ。
そう自己解決して、ゴンベの隣にごろりと横になった。あとは目を瞑って静かに眠りに入ればいいだけ―――それが、どうにも何かが引っかかって眠れない。
(…何だろう?)
一つづつ記憶を遡る。さっきの男の人の怒号…彼女のことが好き…先手必勝……相談……信頼………。

―――ああ、そうだ。アレだ。

男の人が言っていた内容と、頭に浮かんだものが一致する。数日前、「各町の厳選スイーツ特集」の見出しに惹かれ読んだ雑誌。
ぱらぱらと目的のページを探している途中、特集にも負けないくらい大きな文字で“今月の相談――“親友と同じ子を好きになってしまいました”という見出しを
見つけたのだった。派手な装飾に気をひかれ、それをちらりと読んでみた――
「長年の親友だった奴と、同じ女の子を好きになってしまいました。とても気心も知れている幼馴染なのに、奴がその女の子と一緒に楽しそうにしているのを見ると
嫉妬してしまうんです。そんな自分が嫌で…」
――確か、そんな内容だった。すぐに興味を失い、目当てのスイーツ特集へと目をうつしたから解決方法やらは見ていない。

今の今までそんなことすっかり忘れていたが、よく考えれば(そしてよく思い出してみれば)、自分にもいつかはあてはまるやもしれない事項だ。
長年の親友…気心の知れる幼馴染。それは紛れもなく、パールのことだから。
パールとは保育園の頃から、いや産まれた時から一緒だった。何せ、親同士も幼馴染だ。気がつけばパールが隣にいたし、これからもきっとそうであると思う。
そんな幼馴染と同じ女の子を好きに…そんなこと、今まで考えたこともなかった。
あの子可愛いよな、本当だね、とかその程度のものはあったけど、好きだとかそういう話はしたことがない。とにかく自分たちは色めきだつ話をしたとしても、二言目には
「さぁ漫才の練習だ」だったから。
それは人からすれば花のない話かもしれない。でも、自分たちはそれが最高に楽しかった。少なくとも自分は。

「るー、美味しい?」
ナエトルは歯のない口でもそもそとシフォンケーキを食べている。声をかけられたことに気づくと、ダイヤをゆっくり見上げ、こくこくと頷いた。

(…パールもお嬢様が好きなのかなあ)
自分はお嬢様が好きだ。未だ名前すら知らない女の子だけど、今まで出会ったこともない美しさに一目惚れしてしまった。旅の中で垣間見える彼女の振る舞いに
自分にはない気高さを感じ、ますます好きになっていった。
自分がお嬢様を褒めると、パールは決まって「それは高飛車なだけだろ、ガイドのくせに」と眉をひそめたけど。
最近では、パールは自分以上にお嬢様に気を使っている節がある。
お嬢様が目の届かない所にいるととてもそわそわしているし、お嬢様に危険が及ばないように相棒のペラヒコにも気を配らせているほどだ。
(…うん、きっとパールもお嬢様が好きなんだろうなあ)
だから、オイラが「お嬢様が好きなんだ」っていった時苦い顔をしたんだ。パールはその時、あの見出しの男の子と同じ気持ちを持ったのかもしれない…

(でも、オイラはパールも同じくらい好きなのに)
そのこともパールに伝えたら彼はますます渋い顔をして(けれども笑いながら)、「何言ってんだよ!」と怒った。だから、彼の真意は結局よくわからなかった。
オイラのことをライバルって思ったのかなあ。そうだとしたら、とても悲しい。
お嬢様のためにパールとケンカするなんて嫌だ。だからといって、お嬢様を嫌いになることも絶対にない。二人がいてこそ、ダイヤの心は満たされるのだから。
どちらが欠けても駄目なんだ。二人が傍にいてくれないと。

「あ。…見て見て、るー」
ナエトルの体を抱きあげ、視線を川の対岸へと向けさせる。
川の向こうの大きな木の下に、二つの人影。それはまさしく、ダイヤが“どちらも大好き”と称した二人…パールとお嬢様だった。
二人とも何処行ったのかと思ったら、あんな所にいたのかぁ。
ここからでは二人の会話はおろか顔さえよく見えないが、一緒にいるからには仲良く喋っているのだろう。きっとパールもお嬢様も笑顔で、楽しく―――

(…良かったぁ)

パールはお嬢様と仲良くなれたようだ。最近では口を開けばお嬢様を悪く言う言葉ばかりで、二人の仲を心配していた。
色々と彼女を気にしたりするのに口では「ガイドのくせに」と口癖のように言う幼馴染。一人の子を気にしたり、悪口を言ったり…そんなパールは今まで見たことが
なかったから気になっていたし、お嬢様のことが好きなのか嫌いなのか、ちゃんと聞いてみようと思っていた所だ。
(嫌いならば好きになってもらわなきゃ、だって仲間だもん、と意気込んでもいた。)

(やっぱりお嬢様のことが好きだったんだ)
ほわっとした気持ちが胸をいっぱいにする。美味しいものをたくさん食べたかのような喜びが、胸をゆっくりと満たしていく。
それは“安心”とも“嬉しさ”ともつかないような暖かな思いだ。
(それは、おかしいことなのかな)
雑誌の男の人も、先ほどの川岸の男の人も。自分の好きな子が親友と一緒にいると、嫉妬を覚えていた。二人が好きあえば、心を狂わせるほどに荒れていた。
彼らと同じ立場にいる自分は。心をさざめかせる思いすら起きない。
むしろ、嬉しいと思ってしまうこの心は何なのだろう。

(…パールとお嬢様が一緒にいても何も感じない。むしろ、オイラにとっては嬉しいこと…二人共同じくらい大好きなのは、いけないことなのかな)
チクリとした痛みが、ダイヤの胸を撃つ。
それはきっと、あの見出しの男の子が抱えている痛みとは、また別の痛みなのだろう。

ゆるやかな混乱がダイヤの胸を襲う――その解決法は、きっとないのだろう。どちらかを、特別に思わない限り。