七人隊は今、ある森の中でそれぞれが静かに寝息をたてていた。昼間の戦いで見事勝利をおさめたおかげで、皆がいい夢見心地で眠りについていることだろう。

眼前の焚き火が、ぱちぱちと音をたてている。今夜不寝番にあたっている煉骨も半ば虚ろいかけながら、その音を聞いていた。
静かだ。
空が澄んでいて月の輪郭がとてもはっきり、青くすら見える。こんないい月の日には闇に紛れ人を襲うという妖怪もその気を失うのではないか、と思う程だ。こんなににも空気が澄んでいるというのに、反して煉骨は酷く頭が重かった。早い話、眠かったのだ。今日の戦で、参謀として誰よりも散々精神・身体を使ったがゆえだ。普段の番の時ならば、これほど眠くはならないのだが――。
こくりと船を一度漕いだその時、同じくしてかさりという小さな音さえしなければ、そのまま煉骨は仲間達と共に夢の中へといざなわれていたかもしれない。
瞬時、眠気はすっと何処へと飛び去った。急にそれに反応しそいつを刺激するのは得策ではない。目を閉じたまま、その音のした方へ意識を傾けた。……悪意は感じない。敵ではない。どうやら、茂みの向こうにいる仲間の誰かが起きて、何処かへ行ったようだった。 誰だ? 鎧ではない、布の擦れる軽い音とかちゃかちゃ、と柄と得物のあたる独特な金属音。一人の男が、脳裏を過ぎった。
(……蛇骨?)
あの馬鹿、どこへふらふらと出かけるつもりなのか。蛇骨の気配が消えかかった頃、目をあけ蛇骨が消えていった方へと煉骨も歩みを進めた。
こんな森の中で、何をするつもりだ?まさかこんなところに、蛇骨が夜這いをかけるほどの上等な男がいるとも思えない。蛇骨が消えていったであろう道で、煉骨は気配を追った。月が照らしているとはいえ、足元は暗い。重なりあうように隆起する木の根にひっかからない様、慎重に歩みを進めた。

どれだけ歩いたろうか。気配はあるのに、姿だけが中々見えてこない。もしかしたら彼は寝ぼけてたのかもしれない、何処ぞで倒れてはいないかと茂みをいちいち確認する自分に、はっとした。
(……くだらねえ。何で俺があいつのことをいちいち心配しなくちゃならないんだ)
妖怪に襲われでもしたら、と少しでも考えている自分を嘲笑する。あいつは男だし、蛇骨刀も持っていっている。襲われでもしたら、相手が返り討ちにされる可能性のほうが大きいというのに。危なっかしい馬鹿な弟分だが、実力だけは疑いようもない。帰ろうか、と考えはじめた煉骨の視線の先に、少しの広い場所が見えた。木が切り開かれ、少しの空き地の様になっている。そこに、捜していた桃色の着物の男はいた。
(……何やってんだ、あいつ)
視線の中で、蛇骨は近くの切り株に座り込み、月をじっと見つめている。そして一息つくと、背の柄から蛇骨刀をとった。
(試し斬りでもする気か)
そう考えた通り、蛇骨は蛇骨刀を構えると、戦場で戦っているのと同じ様に振りはじめた。ばさ、と近くの木や草々が大きな音をたて倒れていく。まるで木々が蛇骨刀の威力を恐れ、自ら道を開けたかのように。
あぁなるほど、さっきの寝床の近くでやらなかったのは仲間たちを起こさないようにか。
蛇骨にしては珍しい気遣いに驚く。同時に、勝手に出かけた理由もはっきりして知らず煉骨は安堵の息をはいた。あとはただ、蛇骨に声をかけ「明日も早ぇんだ。早く寝ろ」といつもの調子で言えばいいだけだった。しかし、やっと見つけたその姿に、煉骨は中々声をかけられないでいた。蛇骨刀の威力に驚いているではない。暗い闇夜の中の、蛇骨刀を振るう蛇骨の姿が、まるで。

踊っている様に見えたのだ。

息をのんで、蛇骨の姿を見つめてる自分がいた。勿論、本人は踊っているなど思ってもいないだろうが。少し前にどこかの宿で見た本職の女達のそれより、蛇骨の今の姿は艶があった。蛮骨に一度、蛇骨が戦っている姿は妖しい美しさを醸し出していると聞かされたことがある。勿論その時は、大兄貴の惚気だろう、と気にもとめなかったが。今、目の先に“それ”がある。あれが、蛮骨の言っていたものなのだろうか。ゾク、と肌に直接上ってくるこの感覚。これが、蛇骨から自然に出される『中性的な色』――それに呑まれかけている自分に、暫くして気がついた。それを振りはらうかの様に、ついに声を出した。
「蛇骨」
その一言だけで、瞬時に蛇骨刀の動きがとまった。振るわれた刃たちが、一瞬で蛇骨の元に返ってくる。それから、蛇骨が振り向いた。
「煉骨の兄貴。そっか。今日の不寝番は兄貴だったっけ」
まさか少しの間魅入っていたなんていえない。あたかも今姿を見つけたかの様に、煉骨は振舞った。
「こんな所で、しかもこんな刻に何をしているんだ」
「修行だよ。おれさ、まだうまく蛇骨刀扱えねーんだよな」
ぶん、と蛇骨刀を振るい、体二つ分離れた位置にあった木を倒す。煉骨の目には蛇骨は愛刀をすでに使いこなしている様に見えたが、本人にとってはまだまだのようで。そういう面では、蛇骨は至極努力家だった。
(きっと、もっと蛇骨刀をうまく扱えるようになって、強くなりたいのだろう)
しかしそれは自分のためではなく――蛮骨、たった一人あの首領のために。その言葉が脳内に響いた時、苦い感情が過ぎった。蛇骨には、蛮骨しか見えていない。それに苛立ちを覚えていることに、煉骨は自覚がなかったが。
「それにさ、今日、戦いん時におれ一回へまったろ。危うく煉骨の兄貴を斬りそうになった」
「……あぁ」
いきなり話をふられ、まごついた。今日の戦場でのことだった。いつもなら滅多にないことなのだが、蛇骨の刀が蛇骨の意に反した方向へと飛んだ。それが、前で戦っていた煉骨の肩近くで。右肩近くぎりぎりを刀が飛んでいったことには驚いたが、無論、自分だってみすみす斬られる様なことはない。

“危ねぇぞ蛇骨、このヘタクソ!もっと上手になってから刀を振るいやがれ!”

戦況を左右する場面だったために、自覚なく思わず声を荒げてしまった。それはそんな煉骨を目にした睡骨が、「兄貴、あいつが無用心なのはいつものことだ。許してやれよ」と彼らしくなく蛇骨をかばう発言をした程だ。いつものおちゃらけた顔を何処へやら、視線の先で蛇骨も本当に反省していた様な顔をしていたので。言い過ぎたか、という気持ちが過ぎったのだが。それが昼の話。それからの蛇骨は普段と変わらず明るく馬鹿みたいに騒いでいたため、すっかり忘れているだろう、と思っていたが……決して物覚えの良くない蛇骨が、そんなことを覚えていたとは。素直に、煉骨は驚いていた。
「お前、そのことを気にしていたのか?」
「だって、大事な煉骨の兄貴を傷つけそうになったんだからさ。そりゃー、もっと修行やらなきゃな、って気はするっつーの」
それと同じ言葉をどれだけの男にはいてきたのかは気になったが、とりあえず素直に受け取ることにした。蛇骨が自分のことを気にして、修業していた。そのことだけで何処か胸がすっとする。蛇骨の頭に手を置いた。
「お前が強くなりたいってのは解った。今日のへまのことも許しといてやる」
「よかったー……兄貴に切れられるとほんと怖ぇから」
「だが、今日はこれくらいにしとけ。明日も早い。上手く扱えるようになったらまた、俺が刃数増やしてやる」
「本当!? もー兄貴大好きーっ!」
抱きついてくる蛇骨をやわらかに受け止め。帰るぞ、と背を押した。
「でもさ、何で煉骨の兄貴、おれを追ってきたんだ? おれそんなに煩くしてた?」
なるべく静かに来たつもりだったんだけど、と蛇骨が煉骨の顔を覗きこむ。素朴な疑問とでもいいたそうな蛇骨に、煉骨は上を見上げた。

「……月が綺麗だったからよ」

ふーん、と納得したのかしていないのか、蛇骨も上を見上げた。
さっきと変わらない、美しい上弦の月がほのかな明かりで二人を照らしだしていた。