「そいつが医者だったんだぜ」
体中に包帯を巻いた蛇骨が、柱に凭れかかって蛮骨にそう告げた。蛮骨は眼前で眠る男をじっと見つめている。男は同じく、全身に包帯を巻かれていた。その枕元には、鉄の鉤爪。
あれから三人は、男を抱え城へ戻った。戦の勝利を城主は喜んだが、蛮骨が抱える男を見て瞬時に顔面を蒼白にした。気を失っているとはいえ、その顔は鬼のように凶悪。そしてただならない出血、手甲の鋭い爪を見て「この男が戦に梃子摺った所以」であることをすぐに察知したようだった。城主は殺せと叫んだが、蛮骨はそれを許さなかった。「報酬はいらねえ。この男をもらっていく」と告げると、城主も言葉を失った。蛮骨はそれを意に止めることもなく、後ろに従っていた煉骨と蛇骨に「撤収するぜ」とだけ告げた――。
煉骨は別の部屋で、荷物の整理をしている。それが終われば、また新たな地へ出発することになる。

「にしても蛮骨の兄貴、ありゃあねーぜ。こんな男のために報酬を無碍にするなんてよ」
「仕方ねえさ。ああでも言わなきゃ、こいつを得られなかった。強ェし、こんな凶悪な面した奴が実は善人の医者なんだって? 面白い奴じゃねえか。変わるトコ、俺も見てみてえなぁ」
「…………」
黙り込んだ蛇骨に、蛮骨が怪訝そうに振り向く。
「何だ、何か文句でもあんのか」
「べーつに? 蛮骨の兄貴、随分ソイツに執着してんじゃんと思って」
「何だ、妬いてんのかお前」
「妬いてねえよ! ただちょっと前におれに『俺のものになれ』とか言って仲間にしたくせに、すぐにこの男にも色目使ったことが気に食わねえって言ってんの!」
「色目って、お前なあ」
蛮骨が苦笑する。それを嫉妬というのだが、蛇骨は頭に血が上っていることで気がつかない。憤然と蛇骨は立ち上がったが、すぐに眩暈を感じて座り込んだ。「血が足りねえんだから、動き回んなよ」と蛮骨は一応首領らしく忠告した。
「いいじゃねえか。今回は収穫ばっかりだ。強い奴も手に入ったし、お前もほら」
蛇骨の横には、あの仕込み刀が置かれていた。血は拭き取られ、鞘に納まって布で巻かれている。
蛇骨は屋根から下りる際、あの仕込み刀を持ってきていた。厄介すぎる刀だとは思ったが、それでも普通の刀にはない魅力があった。この刀ならもしかして、と蛇骨は確かに感じたのだ。
「お前を手入れにしたのも、そのためだったんだぜ。菊池家はたっくさん武器を持ってるって有名だったからな。お前が自分の相棒を見つけられるのを期待してたんだ」
「へ、そうだったの?」
「ああ。良かったな。変わった得物だが、お前にゃぴったりだと思うぜ。頑張って物にしろよ」
ぽんぽんと頭を叩かれる。誤魔化されたようだと蛇骨は釈然としなかったが、「それで、他には」と蛮骨に催促され、男の話を再開する。
「ソイツ、医者のくせに血が怖いんだってよ。血を見ただけで鬼面の奴に変わりやがったんだ。情けねえの」
「へえ、ますます面白いな」
そこまで呟いて、ふと蛮骨が顎に手を当てる。
「一応は戦場にいたわけだろ。そんな奴が、いくら怖いからって血を見ただけで末恐ろしくなって人格が変わったりするもんかね」
「そういやそうだな。何でだったんだろ」
「ハハ、お前の気迫がそんだけ怖かったんじゃねえか」
「……おれは化け物かよ?」
「ソイツから見りゃ、似たようなモンだったんじゃねえの」
心底おかしそうに言う蛮骨に、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。正確には蛮骨にではなく、この鬼面の男……その奥に潜んだ、あの医者に。
(次出てきたら、今度は切り刻んでやる)
そんな物騒なことを考える蛇骨を、蛮骨はぐいと引き寄せた。
「妬くなよ。これからどんだけ仲間増やしたって、特別なのはお前だけだよ」
「……本当? 他の奴にも、そんなこと言ったりしない?」
「俺が嘘言ったことあるかよ」
睦言は聞き慣れているが、蛮骨の言葉は蛇骨にとって意味が違う。蛮骨の背に手をまわし唇を合わせると、蛮骨もそれに応じた。強い力で抱きしめられると、とても満たされる気分になって気持ちが良かった。
男が仲間になるとか刀がどうとか、そんなことはもうどうでも良かった。それでも蛇骨は、目の前で眠っている男には複雑な思いを消せなかった。
――コイツ、何の夢を見てるんだろ。
男の顔は、今や何を気負うこともなく、何処か穏やかであるようにさえ見えた。