パリンッ
何処か軽い音が周囲に響く。げ、と蛇骨が呟くが早いか、それに呼応するかのように本日何度目かわからない煉骨の深い溜息が蛇骨の耳に届いていた。

何本目となるかわからない折れた刃先が、蛇骨の足元に転がっていた。日を吸収した、強い反射光が蛇骨の目を射って思わず目を背けた。二人の様子を見守り、最初こそ恐々といった様子だった刀工も何度目かわからない刃毀れにすでに慣れきった態度。素早く蛇骨の足元に膝を着き、落ちた刃を回収した。
「はいはい、それでは次のを持ってまいりますね」
何処か飄々とした様子に、蛇骨が苛つく。この刀工、首を切り落としてやろうか……折れた刀でもそれくらいは出来るだろう。そんな物騒な事を考えている間に、刀工はさっさと門を潜り本殿の方へと消えていった。仕事場から、新しい刀を持ってくるのだろう。
積み上げられた破損刀の傍で腕を組み立っていた煉骨が、蛇骨へと近寄った。
「いくらお前が馬鹿でも解っているとは思うが、一応言っておく。刀なんてものは、そう易々と折れたりしないもんだ。それを何度目だ? お前は例を見ない馬鹿力なのか、例を見ない馬鹿な扱い方をするのか、それとも両方か?」
嫌味に嫌味を重ねた言い方だった。振り返って兄貴分の方を向いた蛇骨は、今にも泣き出しそうな勢いでくしゃりと顔を歪ませた。
「違えよ! この刀が悪いんだ。すぐ折れちまいやがる!」
「それは数打と呼ばれる粗悪品だ。戦を知らない農民共に配られる刀、まぁてめえにゃ向かねえだろうが」
「だったら何でそんなのを使わせんだよー」
「そりゃあお前が先刻(さっき)から刀という刀を次々折りまくるからだ」
びしりと言われると、蛇骨はついに黙った。蛇骨が今まで折ってきた刀の中には、それなりの名刀も混じっていた。一概に刀のせいには出来ないことを、蛇骨も自覚はしていたのだ。煉骨は再び、溜息をついた。
(……やはり蛇骨には、普通の刀は武器として向かねえな)

目の前の少年が自分たちの仲間となり、“蛇骨”という名前をもらったのは、大の月前。おどおどとした殊勝な態度は最初の数日だけで、蛮骨と数日付き合っている内に喧しい性格――本来の彼の性格?というには疑念を覚えるが――となっていった。整った顔立ちをしてはいるが、最低限の学もないし、実は大の女嫌いで男色であるといった厄介な部分を多く抱えていることが判明して、煉骨はここの所胃が痛かった。
けれども同時に、蛇骨の腕は悪くないということだけは少なくとも認めていた。
あの日、狼藉者たちを一刀両断した腕は確かに本物だ。あの実力が蛇骨が混乱していたが故の“火事場の馬鹿力”だったとしても、相当筋が良かった。磨けば、この童子ガキは伸びる――その可能性に鳥肌が立つ思いを感じた程だ。自分ですらそうなのだから、聡い蛮骨はもっと早い時点で感じていただろう。(だからこそ、蛇骨を仲間にしたのだろう)
それから蛮骨に「そろそろこいつに合う得物を探してやってくれ」と言われ、とりあえず今滞在している城が召抱えている刀工にも協力してもらい様々な種類の刀を試しているのだが――結果は、上記の通り。今日で何日目になるのか、考えるのも億劫になってきた。蛮骨にその旨を伝えれば、「ま、いつかは見つかるだろ」と呑気に返事をされたし……こいつを戦に出さない方がいいんじゃないか。煉骨はそう考え始めていた。

先程自分は嫌味を言ったが、勿論後者であることは十分理解っていた。
蛇骨は戦い方を知らない。刀の扱い方を知らない。
天賦の才こそあるものの、師をつけて得た戦い方ではないため型が乱雑なのだ。あれから素面に戻った蛇骨は“それなり”に刀を扱うことは出来たが、ぶんぶんと刀を振り回す姿に、蛮骨は「狂戦士か、アイツは」と笑い飛ばした。
滅茶苦茶な型でも、蛮骨のようにそれを完全に自分のものとし何ら違和感なく戦場を渡り歩ける者なら問題はない。だが、蛇骨のように実戦を積んでいない者が少しでも隙を見せれば、すぐにそこから崩されるだろう。少し戦慣れしている者が相手になろうものなら、――考えるだけで危なっかしすぎる。自分たちが教えようにも、前述通り蛮骨には不可能であるし、自分だって刀の扱い方は必要最低限しか知らない。本当に、基本しか教えてやれないのだ。
“それなり”の傭兵なら、“それなり”の武器でいいだろう。“それなり”の強さはつく。しかし“それなり”な強さしか持たぬ者を、自分たちの首領蛮骨は必要とはしていない。蛇骨自身も、それを十分にわかっているはずだ。だからこそ、こうして焦っているのだ。気持ちはわからないでもない、けれどもこれでは埒が明かない。
(そこから更に強くなるには)
やはり、自分で何とかして強くなるしかない。そして、蛮骨のように相棒を早く見つけることだ。多少滅茶苦茶な戦い方をしたとしても、それを許し、補ってくれる相棒を――。
向こうから、刀を大量に抱えた刀工が戻ってくるのが見えていた。

「よう、戦だぜ」
大将との謁見を終え、煉骨と蛇骨が待機していた部屋へ戻ってきた蛮骨は開口一番そう言い放った。途端、蛇骨の目が輝く。
「やっとか?! へへへ、待ちくたびれたってんだ!」
煉骨ははっきりとした反応こそ返さなかったが、蛇骨と同意見であるようだった。
戦があると聞きつけこの城にたどり着いたのが数日前。三人の実力を目の当たりにした城主はすぐに蛮骨たちを雇い入れたのだが、一向に戦が始まる気配がなかった。戦をするんじゃないのか?痺れを切らしそう問うた蛮骨に、城主は困った顔を隠そうともしなかった。
「勿論、あることはあるのじゃ。ただ、だからといってすぐに出陣というわけにはいかず――もう少し、待ってくれ」
何とも歯切れの悪い返答だった。それはまるで、何かを恐れているかのような言葉で。蛮骨と煉骨は顔を見合わせたが、結局の所待つことにしたというわけだった。まさかこれほど待たされるとは思いもしなかったが……ついに出陣すると聞かされ、そんな疑問も何処かへと飛んでいった。
「相手は?」
「菊池家とかいう隣の領地の輩だ。ま、規模で言えばくだらねえ小競り合いみてえなもんだが、向こうさんはとにかく兵の数だけは多いらしい。たっくさん、殺れるぜ」
ごくり、と喉が鳴った。
「久しぶりの戦だ。たっぷりと暴れてやろうじゃねえか」
「ああ、勿論ッ! くう〜っ 楽しみだぜ」
「しかしだな、蛮骨の兄貴。俺は心配だ。コイツ、今日も刀を何本折ったと……」
「れ、煉骨の兄貴〜! その話は止めてくれよ〜」
蛇骨はすっかり戦好きになっていた。使う刀こそその都度使い捨てにしていると言っても過言ではないが、それでも実力が錆びているわけではない。そこらの侍より、やはり蛇骨は余程強かった。
仲間になった当時何処か怯えた目をしていた少年は、もう何処にもいなかった。

念願の戦は、その夜に開戦された。斥候部隊の報告を事細かに聞いた大将が、遂に出撃を宣言し軍扇を掲げる。その一声を待ち望んでいた兵たちは、ここぞとばかりに歓声をあげた。その興奮の嵐に混ざることもなく、三人は冷静に先鋒隊の中に佇んでいた。
「蛇骨、どうだその刀は? 一応は受命モン、今までよりは丈夫だと思うが」
「いい感じ。この業物なら、おれの相棒になれるかも」
「……お前、刀を扱う前はいつもそう言うぞ」
「だ、大丈夫だってっ! 今度こそ!」
どうだかな、と煉骨は息を吐いた。
そうしている間にも、部隊は前へ前へと進んでいく。それに混じった三人も、歩みを進めながら徐々に顔つきが変わっていく。キナ臭い匂い。ああ、これだ。この雰囲気だ。身震いすら起こる、今から始まる楽しい楽しい宴に!
顔をあげれば、ぼんやりとした望月。
月光を浴び続けると人は気が違ってしまうというが、今なら気持ちがわかる。
「あぁ……いきり立っちまいそうだぜ」
夜霧の向こうから聞こえてくる轟音に、前を進んでいた兵たちがにわかに緊張したのを感じた。身体を硬くさせていないのは、ただ三人だけだった。
「そんじゃ行くぜ、お前ら」
二つの「応」という返事が早いか、三人は地を蹴り闇の中へと消えていった。