露伴にとって、用事をすませた後その小道に入り彼女と少し話をしてから家へ帰るという流れはここ最近よくあることであった。
何せ、彼女はいつも犬と二人きりだ。(犬と二人、なんて言い方も我ながらおかしい気もしたが、あえて訂正はしない。)話相手ぐらいにはなってやろうかという変な親切心――言い訳?――を持ち、オーソンとキサラの隙間をするりと抜ける。そこからすぐにポストが目に入り、次いで鈴美の姿が見えるはずだった。何故ならたいてい彼女はそこに立ち、空を見上げているからだ。しかしその華奢な体の代わりに見覚えのある妙に屈強な黒い背中が見えた時、露伴は今日は帰ろう、と咄嗟に思った。
その背にすっぽりと隠れていた鈴美に「あら、露伴ちゃん」なんていち早く気づかれなければ。その声に反応し振り返った“奴”に、あからさまにゲッ、なんて言われなければ。

「“ゲッ”だと? 随分なご挨拶だな、東方仗助」
帰ろうという気持ちが瞬時に消えうせ、つかつかと二人に近寄る。
全く持って、年上への敬意がこめられていないではないか?そんな恨み節をこめて見やれば、彼は更にワタワタと慌てた様子をあらわにした。かなりの挙動不審さだ。
これは、何かあるな。隠し事が下手な奴め。
そこまで思って、先のイカサマゲームが頭を過ぎりむかっ腹が再発してくる。
「きょ、今日はどーしてこちらに?」
「僕がここに来るとまずいことでも?」
むしろ、こいつがここにいるなんてどういう風の吹き回しだと尋ねてやりたいくらいだ。いや、もしかして僕の知らない時に訪れているのか?この態度を見れば、露伴がいない時を狙ってこそこそと鈴美の元を尋ねていることも想像出来ないわけではない。
全くもって今までノーマークだったが、よく考えればこいつらは同い年。死んだ人間と生きた人間にどれだけ共通話題があるのかはさておき、若者特有のフレンドリーさですぐに打ち解けることだろう。
フン、さぞ話も盛り上がることだろうよ。
無意識に、ふつふつと頭に血が上ってくる。何か、もっと嫌味を言ってやらないと気がすまなくなってくる。
「ちょうどいい所に、露伴ちゃん。あのね」
そんな露伴を知ってか知らずか、いつの間にかそばに来ていた鈴美がくいくいと袖をひいた。それを見て、仗助がア、と更に慌てふためく。
「だ、駄目ッスよ鈴美さん!」
「あら、どうして? 露伴ちゃんだって当人なんだから知っておかないと」
「当人だと?」
「せ、センセーは知る必要はないんじゃないかと」
「ほう、貴様は余程ヘブンズ・ドアーをされたいようだな」
ペン先をすっと構えれば、奴は観念したようについに口をつむいだ。小さくなる仗助に反比例するかのように、鈴美は手を大きく広げ「すごいのよ」、と目を輝かせている。

「重大ニュースなの、露伴ちゃん! わたしと露伴ちゃんの歌を、作ってくれることになったんですって」

いつもならすっと入ってくる鈴美の言葉も、この時ばかりは左から右へとすり抜けていったようだった。
何だって? 歌? 僕と鈴美の? ――意味がわからない。
「……もう少し、丁寧に詳細を聞いてもいいか?」
妙に興奮気味な彼女いわく。露伴と鈴美の関係を知った間田が「感動だぁ〜!」と感涙し、何故か彼らの歌を作ろうと決意した。しかし彼が作詞作曲の才能を持ち合わせていなかったため、ロッカーであり現在服役中である音石にその旨を頼んだらしい。そしてその願いがこれまた何故か了承されたとかで、このような事態に至ったとのこと。……詳細を聞いても、「そうか」と簡単に納得できるものではなかった。
いつの間にアイツらが鈴美の存在を知ったのか、露伴と鈴美の関係を知ったのか。
鈴美は誰にでも姿が見えるというものではない。しかしスタンド使いである自分たちが鈴美の姿を確認出来るのだから、きっと同じスタンド使いである奴らにも姿が見えるのだろう。スタンド使いとスタンド使いは引かれ合うというが、それと同じような理由なのだろうか?
いやそんなことはどうでもいい。肝心なのは、何故歌を作るなんてことになったのか、だ。
間田の記憶は康一のそれとは違い、とても漫画のアイデアとして使えるものではなかった。故に彼に全く関心がなかったものだから、今何をしているのかなんて思いもしなかった。このようなことになるとは思いもしなかった。
「それで、仗助くんがこのことを伝えに来てくれたの。面白そうだから、って」
視線を向けられた仗助は、今にも逃げ出したいような表情をありありとさせている。
なるほど面白いことだろう、こいつにとっては。いきなり歌を作るなど言われて困惑する僕の姿を想像し、笑い転げたことであろう。こいつの性格からいって、そんな思考回路は容易く想像できるというものだ。
やはり、ヘブンズ・ドアーをしてやろうか。“歌の製作を中止させる”、ページの余白にそう書き込んでやればいいだけだ。
「わーッ! 待って、待ってくださいよッ! この企画をすげぇと思ったのは俺だけじゃないンすよッ!」
再びペンを構えた露伴に、察知したのか二歩三歩と即座に仗助は距離をとる。射程距離ギリギリかといった所まで離れた所で立ち止まり、更にカバンを胸の所で盾のように構えた。
「康一とか億泰とか、承太郎さんも賛成してくれたんだぜっ?」
一番最後に聞き捨てならない名前が出たような気がするが、あえて聞き返さないことにした。朴訥としたあの男がこのような馬鹿げた企画の是非を叔父に問われ、「良い企画じゃないか」と言う所が全く想像出来なかったので。
「だからまず鈴美さんに報告しよーと思って……」
「多数が賛成したからといって進めようとするな!! 当人の迷惑を考えろ馬鹿者! いいか、すぐに中止させろ!!」
「た、確かに俺も最初はこんな企画、露伴がぜってー阻止させようとするとか思ったッスよ? 少しでもあんたが困れば面白いモンが見られるぜとか思ったよ! それは認めるッス! でも案外、鈴美さんの反応が良かったからー……」
「何だと?」
二人の言い合いをただ見守っていた鈴美が、露伴の視線を受けにこりと微笑む。
「だって、面白そうじゃない!」
あまりに迷いなく鈴美が微笑むので、露伴は次に言うべき言葉を失った。
「面白そうって、……」
「それにね。わたし、前々から思ってたの。わたしがここにいたという証が欲しいなあって。わたし、もう死んでるじゃない?今でも存在がとてもあやふやなのに、このまま上に行ったら、露伴ちゃんがわたしのことをいつまで覚えていてくれるかわからないなって。だから、仗助くんからこの話を聞いた時嬉しかったのよ。露伴ちゃんと再会出来て、確かにまた一緒にいられたんだっていう証。物は上へ持っていけないけど、歌なら持っていけるもの。口ずさんで、いつでも露伴ちゃんのこと想える。
ね、だから。作ってもらおうよ、露伴ちゃん」
くいと見上げる大きな瞳に、何とも言えない表情をした自分がいた。
そんなものがなくとも、忘れたりするものか。
胸を迫り上げる思いは、言葉にはならない。せめて口に出せていれば、彼女の不安を取り除くことが出来るのだろうが。そのような性格ではないことを、誰よりも自分が把握している。もどかしい。しかし、それが自分なのだ。岸部露伴という人間なのだ。それを一番にわかってくれているのは、誰でもない目の前の少女――
それにしても。本当にそんな殊勝な思いなのか、それとも仗助たちと似たような面白さが先立っているのか。どちらが本音なのか、図りかねる。
とりあえずはっきりとわかるのは、鈴美は賛成しているということだけだ。
鈴美のそんな態度に萎みかけていた企画への思いが復活してきたのか、仗助は再び何やら紙を取り出してしきりに話を始めた。きっと、あの紙には試作段階の歌詞だとかメロディだとかが書かれているのだろう。
実際、“ここまではもう仕上がってるんスよー”なんて声が聞こえてくる。

完成したとしても、僕は聞かないからな――そんな露伴の呟きなど、露知れず。

- - - -
バカ話でした。例の歌は本当露鈴ソングだと思う。皆仲良しこよし。
そういや仗助たちと音石が結構険悪な仲であるいうことに気づいたのはこれを書き終わった後。