昔から解ってたことではあるが、煉骨はとても頭が良くてキレ者で、何より冷酷だ。頭が良くて酷薄、ということ程残酷なものはないと思う。あいつが画策した作戦はたまに俺でも驚かされることがあるし、勿論失敗したことなどない。時々俺だったらこんな作戦で攻められたくねえな、とすら感じる作戦で、常に戦いを有利に進める。音に聞く七人隊の参謀ここにあり、ということを在り在りと示してくれる。
戦い方もまた然り。
鋼糸を操り敵の体を細切れにする傍ら、業火で全てを焼き尽くしている。その細い腕で、一度に何百もの屍を作り出していく。顔を顰めるほどの異臭の中、炎を見つめる煉骨の顔は反してとても冷ややかだ。まるで何もかもを恨んでいて、情など必要ない、と思っているような――そんな顔だ。
それを横で覗く時、「コイツは冷酷だ」と改めて思っている。まあ、そうでもないとこんな生業、やってられないとは思うが。
戦場以外でも常に気を張っていて、感情を顔に出すことはない。蛇骨とはまた系統の違う整った顔立ちは、口を硬く結んで瞳はギンと全てを睨みつけている。

けれども。
最近は、何だかそうでもないようだった。

「……つ、煉骨」
ヒラヒラと、突然目元に出された手に、煉骨ははっと我を返した。どれくらい、こうしていたのだろうか。――手に持った筆から、墨が書面に滴り落ちていた。やっと気がついた、と蛮骨が隣に座った。
「大兄貴」
「何ぼーっとしてんだよ? 俺が頼んどいたやつ、ちゃんと書き写してくれたのか?」
「……」
「してるわけねえよなあ」
煉骨は手元の書面を見た。文はおろか、書いた文字すら滴り落ちた墨で読めなくなっていた。大きく点々、と落ちた墨。溜息を一つつき、筆を硯に戻すと、煉骨はその書面を丸め近くの屑籠へと投げた。すまねえ、と煉骨が彼らしくなく声を静める。
「いいけどよ、急ぎじゃねえし。でもお前らしくもねえ、何考えてたんだ?」
「別に、何も」
「何だよ、そっけねえな。あ、そういや」
蛮骨が立ち上がり、障子を開ける。開かれたそこは縁側、――蛇骨と銀骨、それに睡骨という珍しい組み合わせが、外で顔を向かい合わせ話をしていた。蛇骨は煉骨が改造した銀骨に、もとい銀骨の持っている様々な武器に興味があるようだ。昨晩改造が完成した銀骨に、蛇骨があれやあれやと何やら喋り、銀骨は蛇骨に半ばされるがまま、体の様々な場所から色々なものを出している。そのたびに睡骨は珍しそうにそれを見、蛇骨は子供のように目を輝かせていた。
「また銀骨改造したんだな。ほんっとうにおめえは天才だよ。その辺にかけちゃ誰も敵わねえな」
褒められて素直に喜ぶような男でもないだろうが。蛮骨はそう賞賛の言葉を述べると、煉骨を見た。
「……煉骨?」
また、煉骨は空ろな目をしていた。
――否、どちらかというと……気持ちをそのまま目にこめたような、そんな感じの。目を細めて、その目で外を見つめている。その視界の先は、弟分三人。
「あ、大兄貴っ煉骨の兄貴っ!」
蛇骨が視線に気づいたのか、煉骨と蛮骨に向かって大きく手を振った。それに、おう、と蛮骨も手を振り返す。

――それとほぼ同時に、煉骨が身を乗り出した。

「馬鹿、手を外すな!」

いきなりの激昂にも似た声に、蛮骨が驚いて煉骨を見る。その時には、煉骨は既に手甲から鋼糸を投げつけていた。
「!?」
煉骨の鋼糸がひゅん、と空気を裂く音を立てる。そしてそのまま、銀骨から飛び出した鋼糸に絡まった。――それは丁度、もう少しで銀骨の糸が蛇骨の顔に当たるかという所だった。煉骨の制止がなければ、糸はきっと蛇骨の顔に傷をつくっていただろう。
「あ……」
煉骨が縁側から飛ぶように降り立ち、蛇骨たちの元に近づく。蛇骨に退くよう目配せをし、銀骨の鋼糸との絡みをとった。絡まっていたものは器用な指先によりすぐに外れ、次いで煉骨は銀骨の体内へ鋼糸を仕舞った。それから、呆然と立ち尽くす蛇骨に煉骨は視線を向けた。咄嗟に、蛇骨が肩をすくめる。
怒られる!……そう感じたのだろう。しかし。

「怪我はねえか」

「……え?」
「怪我だ。あの糸は昨日仕込んだばかり、糸切りなんかしてねえかって聞いてんだ」
「あ、……うん、大丈夫!」
予想だにしない煉骨の言葉に、蛇骨がぱあっと顔を明るくさせる。ほら、と蛇骨が手の平を出し、煉骨は屈んでそれを見た。
「大丈夫そうだな。顔にも、傷が出来なくて良かった」
頬に手を伸ばし、蛇骨の髪を軽く梳いた。さらり、と蛇骨の暗緑色の髪が軽く揺れる。
「へへっありがと、煉骨の兄貴っ」
蛇骨が嬉しそうに煉骨に抱きつくと、それを掃うでもなく煉骨は受け止めるように背に腕をまわした。その光景に、その場にいた銀骨と睡骨は目を見開けた。
普段なら、蛇骨が抱きついてくれば煉骨は“退け”の一言なのに。
強く抱きしめた後、煉骨は蛇骨の体を優しく離した。
「銀骨も睡骨も、気をつけてやれ。こいつは常に危なっかしいからな」
「あ、ひでえ煉骨の兄貴! まるでおれがトロいみてえじゃねえか!」
「違うのか?」
「違ェよ!」
大きく頬を膨らませ不満を露にする蛇骨に、煉骨は面白そうに笑った。
「今度は気をつけろよ」
そう言い、縁側の方へと戻る。足袋についた砂を軽く落とし上にあがると、蛮骨と目があった。蛮骨はぱちりと一回瞬きをして、次いで口の端を持ち上げる。
「……何ですか、その顔」
「いや、別に?」
蛮骨の態度に、煉骨が怪訝そうにする。それから蛮骨の横に腰掛けると、また煉骨は蛇骨たちの方を見た。――さっきと、全く同じ目で。蛇骨は相変わらず、色々なところからいろいろなものが出てくる銀骨の体を珍しそうに見上げている。

年上なのに、可愛いと思える弟分。素直に、自分を慕ってくる蛇骨。

煉骨も、それを感じるようになったのだろうか。
(煉骨もそんな感情があったんだな)
蛇骨が兄貴分達の視線に気づき、大きく手を振った。無垢な、満面の笑み。日の光を浴びて輝き、まるで花が咲き誇るかのような笑顔だった。それに答え手を振ると、蛮骨は煉骨の方を見た。そこで蛮骨は、再び目を見張る。
小さいながらも、胸の辺りまで腕をあげ蛇骨に答えている。
そしてその表情は、――とても、とても。

「……おめえ、そんな顔出来たんだな」

思わず呟いてしまうほど。

戦場の、炎を前にしたあの冷酷な表情は何処へいったのだろう。
蛇骨を見つめる煉骨の顔は、……とても人間らしい。

控えめながら目を細め、
控えめながら口の端を柔らかに持ち上げ、
とても穏やかな。

「何か言ったか?」
「や、何でもねえ」

蛮骨に向きかえったその表情は、いつもの冷静な煉骨の顔だった。

(蛇骨限定の笑顔、か)

きっと、煉骨に自分がそんな顔をしているなんて自覚はない。刹那、たった一瞬だけ見せる表情なのだから――それはまるで、秘め事のように密やかなものなのだから。

もし、これから煉骨がそのことを自覚したらどうなるだろう。
蛮骨は愛しい弟分たちを見つめながら、一人そんなことを考えていた。