何故か最近野宿が多い。決して村から村への距離は短いわけではないが、大抵は一日歩き続ければ着く。それが何故到着できないかといえば。

鳥も気持ちよく空を翔けている、いい朝だった。昨晩過ごした庵を離れ、また次の戦地へと蛮骨達は向かっていた。皆が軽く会話をしてひたすら歩いている中――めちゃくちゃ足の遅い奴が、一人。
「おい蛇骨。もっと早く歩けねーのか」
蛮竜を肩に背負い、後ろに振りむく。蛇骨は、皆よりかなり遅れたところを飄々と歩いていた。さっき見た時よりも距離が離れている気がする。
(戦いだと先陣をきるくせに)
皆はさほど気にはしていないようだが、この隊をまとめている首領としてすごく気になる。ただでさえ蛇骨は一人でどこかへ行ってしまうことが多い。後ろからついてきているもの、と思っていても、蛇骨はいつ気まぐれをおこし隊列をばらすか解らない。そして、その度に全員で捜さねばならない。それは戦地へと急ぐ自分たちにとって、かなり手間のかかることだった。しかし当の本人である蛇骨は、名前を呼ばれても気にしていないかのように目を閉じてゆっくりと歩いていた。風を感じているのか、ただ何も考えていないのかは知らないが。歩き方が妙に艶かしく、あの様子ではいつ狼藉者に声をかけられるかわかったもんじゃない、と思ったことはこの際おいといて。
蛮骨がため息をつき、「いつものこと、仕方ねえ」と前へ向きかえろうとした時。視界から消えつつあった蛇骨の姿が、ついに歩みをとめた。そして、歩いていた道から外れ、そのまま野に駆け下りていっている。
「あいつ……」
横を歩いていた煉骨に悪い、先行っててくれ、と言うと、蛮骨は蛇骨の歩いていった方へと駆け出した。仲間たちはそちらに目をやり、よくあること、とでも言わんばかりにその場に立ち止まった。

「蛇骨!」
蛇骨の姿を見つける。野に座り込み、何かをしていた。蛮骨の呼びかけに初めて気づいたかの様に、蛇骨はゆっくり振り返った。
「蛮骨の兄貴。何?」
「何、じゃねぇよ。お前また隊列乱して」
その言葉に、蛇骨は駆け下りた丘の上を見上げた。仲間たちが道に立ち止まり、蛇骨と蛮骨の帰りをまっている。あぁ、と蛇骨は呟いた。
「ごめんごめん。大丈夫、すぐ追いつくよ」
「そういう問題じゃねーだろ。全く」
「それよりさ、大兄貴。この花すっごいきれーじゃねぇ?」
蛮骨の咎めの言葉も何のその。目の前に咲き誇っている赤い花々に、蛇骨はいささか目を輝かせた。
「おれ、きれーなもの好きなんだよなぁ。自分の手で壊したくなるほど」
くすくすと無邪気に笑う。蛇骨の『趣味』は相変わらずだ。いろんな綺麗なもの(男、花、着物)に興味を持ち、何にでも手をだしたがる性格。最も、その中に彼の大嫌いな“女”は含まれない。いつもならはいはい、と呆れ返すところだが、その花を見て蛮骨は蛇骨の肩をぽん、と叩いた。
「壊すのは、今回はやめておけよ。その花は一日しか生きられねぇ」
「? 一日だけ?」
「それは芙蓉だ。一日だけ花を咲かして、次の日には枯れちまう」
「ふーん」
あまり興味なさそうに蛇骨が頷く。蛇骨刀に手をつけそうだった腕を戻し、そのまま花に手をのばした。茎からその花をとると、自分の簪辺りに器用に結いつけた。
「どう? 大兄貴。似合ってる?」
花をつけた髪を、立っている蛮骨に見せる。上目遣いで、覗き込む様に自分の反応を待っている蛇骨がどうも可愛くて仕方がない。
「……あぁ、とっても綺麗だぜ」
まさしく、『芙蓉の顔<かんばせ>』。それが蛇骨ともあれば、美しくないわけがない。蛮骨の言葉に、蛇骨が子供の様に顔を明るくさせた。その蛇骨の顔が、蛮骨はとても好きだった。戦場で蛇骨刀を振るい、妖しい美しさを出す蛇骨もいい。けど、ときたま見せる、弟分らしく自分に可愛い笑みを見せる蛇骨も。

(……好きなんだよなぁ)

惚れた弱みとはまさにこのこと。だから、寄り道する蛇骨をどうにも強く怒れないでいる。やはり自分は煉骨に指摘されたとおり、蛇骨に甘いんだな、とひしと感じた。自覚していても、それを直せそうもない。
褒められた蛇骨は嬉しそうに「ありがと」と笑った。そして蛮骨の手を握り、野を駆けあがる。それに答える様に蛮骨がその手を握り返すと、二人は芙蓉の花に背を向け仲間達の所へと戻った。