生に盲目となり、死への恐怖を抱くのは、“それ”がヒトである証。








「焼き払え―――ッ焼き払えぇ」

強欲な将軍が声を高々に村へと駆けていく。
部下の者たちは雄叫びに近い声をあげながらその主人に続き、逃げ惑う無力な村人たちを追い詰めていっていた。



「おお、この世の地獄」

蛇骨は額に手をあて、村を一望出来る崖からその光景を何処か楽しそうにながめていた。
抵抗する術をもたない村人たちは作物を奪われ、女は犯され、侍たちの気分のままに殺される。勿論、それを助けるような慈悲深い勇者はいない。
弱肉強食、それは理。それにのっとって、非力なものは強力なものに食われる運命なのだから。

死ぬのは、自分の弱さのせい。
死にたくなければ強くなれ。さもなくば、強き者に取り入れ。―――自分も、幼い頃はそうやって生きてきた。
今は力も持ち、こうして他人の苦しむ姿を楽しむほどの余裕も出来たのだが…

「さってと。あの様をずっと見ていてえけど…ずっとこうやってるわけにもいかねえし」

愛刀を持ち後ろを振り返れば、そこには一つの寺。
―――彼が任務としてあずけられた、“殺戮”の行われる場所だった。

やたら長い階段を登り終え寺の敷地内に入ると、2,3人の小坊主が暢気に竹箒で庭を掃いていた。
慈悲深い、僧の卵。刀を肩に背負い、きっと不穏な顔をしているであろう自分の姿を見ても、何か御用ですか、と笑顔で問うてくる。
少しからかってやろうかとも思ったが、胸クソ悪かったのでそのまま斬り捨てた。

「ひいいいいぃぃ!!」

自分の足元に飛んできた小坊主の頭に臆し、もう一人の方はへとへとな足つきで逃げ出した。
竹箒を蛇骨の方に投げ捨て、僧らしくない落ち着いた様子を露見せず。(所詮はまだ修行中の身だな)

「そうさ。逃げな逃げな」

その場で腰が抜けられても仕方ない。逃げてもらわなくては面白くない。
鬼ごっこってやっぱり好きだ、相手を追い詰める感じがゾクゾクする。そう思いながら、その小坊主のあとを追った。
その小坊主が本堂へと逃げ込み、仲間の僧たちに状況を教え応援を頼む。…それらが全て行われるであろうまで待ち、それからゆっくりと。



本堂へ土足であがりこみ、まわりを見渡す。
思った通り、蛇骨の立っている縁側を中心として、部屋、廊下の両端、と薙刀を構えた僧たちが直立していた。

「貴殿、今下で村々を襲っている不届き者の仲間だな!?」
「そうだけど。雇われてんの」
「何処の者かは知らんが、神聖なる寺院を襲うとは愚か者が…!」
「…へえ。おれのこと知らねえの?そりゃそうだよな、おれのこと知ってたらそんな陣形組まねえだろうよ!」

話をするのも面倒で、力にまかせ刀を一振りした。たったそれだけで、円を組むようにしていた僧たちが目を見開き死する。
胴をばっさりと二等分されて、一斉に全員が崩れ落ちる音が響いた。

「囲まれんのはむしろ好都合だっての…この蛇骨刀ならな」

さて、と。
部屋の中に倒れた僧たちの体をふみつけ、ふすまを開けた。…そこにまだ続く、部屋。
とにかく寺院ってのは広い。さっき殺したくらいの数だけじゃないはずだ、ここにいる僧たちは…。まだ、何処かに潜んでいるはず。
部屋を横切り、廊下を歩き…たまに飾られている仏の石像を切り捨てながら。鬼ごっこの気分で、蛇骨は歩いていた。

「何処にいるんだよ、お坊様?退屈なんだ…おれの相手してくんねえかな」

当たり前のことだろうが、返事はない。
見つからないいらつきも勿論あるが、それ以上に確実に誰かを追い詰めている感じが味わえて、蛇骨は何ともいえない恍惚感を覚えた。
ひとしきり大きな拝殿を通りぬけると、そこは行き止まり。
…どうやら、本堂にはもう誰もいないらしい。これで全部じゃねえはずだ、と目を向けたのは、その隣にひっそりと立っている小さな堂。




小さな堂だが、そこそこにいい作りだ。古の技、とでもいうものなのだろうか、梁は太くて丈夫だし、障子もしっかり張られている。
炎で燃やし崩したらさぞ楽しかろう、と後で来るであろう兄貴分の顔を思い浮かべた。

少し部屋の中を進むと、階段が見えた。今までに見たことのない、妙な階段。
段の合間合間に格子みたいなのがつけられていて、白い紙が張ってある。障子か何かだろうか?

…まぁいい。多分この上に、隠れた奴らはいる―――
一歩二歩と何思うことなく段を上った。そして、最後から二つ目の段を上った時…腹部に、鋭い痛みがはしった。

「!」

ちくりと、そしてじわじわと。口から赤い液体が流れだすと同時に立っていられなくなり、崩れるようにして上へと上った。
階段を上りきったところで、その場に倒れる。蹲りながら、腹から溢れる血を見てやっと、刺されたのだ、と認識できた。

「狼藉者め…後悔するがいい!」

背後からの声。体を捩り見れば、隠れていた僧たちと、…それを統括しているのであろう老いた和尚の姿が見えた。
顔から半分ほどを覆っている白い髭、長く白い眉毛…その下から蛇骨を見下ろしている。

「我が寺のしかけを知らず侵入してきた罰よ…まだ争う気があるか?それならば、我らはお主にとどめをささなくてはならん。その傷では素早く動けまい」
「………」
「それとも、その刀を渡し降伏するか?そうすれば、命だけは助けよう」

殺生は好まぬ。是非そうせよ―――そう言いたげな目だった。…哀れみの目。
急に、頭にかっと血が上った。
イライラする。そんな目で見るな…上辺だけの優しさを顔にはりつけるな。おれを見るな。何の権利があってそんな目をする。

黙っているのを肯定ととったのか、和尚が蛇骨に触れようと手を伸ばした。
それを振り払い、いつもと変わらぬ反射神経で体を回転させ起こし廊下に膝をつけ、僧たちから距離をとった。
その反動で、痛々しいほどの血がどぱっと流れ落ちた。

「馬鹿な…動けばそれだけ血が流れるぞ!死に至るつもりか!」
「心配か…それも優しさか?死ぬつもりはねえが、貴様らにそんな目を向けられるなら血ィ垂れ流して死んだほうがマシだってんだ!」
「な…!」

精一杯の笑みを浮かべ、刀を振るった。信じられない、という表情を浮かべて僧たち数人が倒れる。
赤い血の海が一気に廊下に広がった。…そして、自分の腹からも血が止め処なくどろどろと流れていった。

「ぐぅ…」
「…や…やめろ!…もう動けまい!」
「恐怖圧し隠した声で他人なんざ心配すんなぁ…!てめえは自分の身の心配だけしてりゃあいいんだよ!」

いかにも、もうやめてくれ、と今にも言い出さんばかりの声音で。…自分を哀れむな。
もう一振り。扱い主の異変をさとっているかのように、蛇骨刀は僧を切り裂いたあとに妙な方向へと走り、周りの障子なども切り裂いていった。
皆の内一番後ろにいた僧は、ドサリドサリと崩れ落ちる中で頭を抱えた。
喧騒がすぎゆっくりと目をあければ、目の前には死神―――綺麗な顔をしながら、血に塗れ虚無に溢れた瞳をしている一人の優男。

「ひ…っ」
「何か面白いしかけしてくれちゃってよ…まぁ楽しかったわ。もう死んでいいぜ」
「き、ききき貴殿は…っ人間じゃない!!」
「…何…?」

もうすぐ死ぬということで気が触れたのか。
目が血走り、とても仏に一番近い身分の者とは思えぬ格好でまだ若き僧は蛇骨にそう言い放った。

「おれが人間じゃねえって…?」
「そうだ!していることといい、その妖異な出で立ちといい…そして、死を恐れぬ姿といい!!」
「死…?」
「人は死を恐れるものだ!戦うことしか能のない魔物は死を恐れぬ…お主はそれに近い!人は知識では知ることの出来ぬ死を格別に恐れる…
死にそうになれば身を守る!例え、他人を犠牲にしてでも…。むざむざ死に向かうようなことはせぬ!」

その言い分にも一理あった。何処であれ、おれの目の前に崩れ落ちた奴はこう言う。
お願いします、何でもしますから命だけはお助けください―――。
どんな恥辱をあびようとも、命が一番大切?目の前に立っているおれにどんな辱めを受けようとも、それでもまだ生きたいのか?

自分だったら、そんな無様な命乞いはしない。
…なるほど、こうやって血をダラダラ垂れ流してでも戦うおれは魔物と同等、ってことか。
蛇骨は僧をポカンと見やったあと、顔を伏せ…そして、極上の笑みを浮かべた。…それこそ、その僧が魅入ってしまうほどの。

…そして。

「…まぁ、あんたの言い分面白かったよ」



ヒュ、と風を切る音がして。
―――それで、終わり。












「…蛇骨、蛇骨ー!」

村々の破壊をしつくし満足した将軍たちを先に帰し、七人隊は単独行動をしていた蛇骨を迎えに寺に来ていた。
飄々として子供っぽいところもあるが、あれでいて腕はたつし、与えられた任務はしっかりこなす。
こんな寺の攻略あいつ一人でも大丈夫だろうとは思っていたが、…姿が見えない。何かあったのだろうか…?

「大兄貴。本堂の方は縁側に固まって死体があるだけだ。…他の部屋には影すらない」
「ったく、あいつ何処まで行きやがったんだぁ?」

ちゃんと僧皆が死んでいることを確かめ、蛮骨は山積みにされた死体の上であぐらをかいた。
仲間たちに他の場所を探させ、しばらくして…睡骨が、小さな堂の廊下で血の海の中、横たわっている蛇骨を発見した。
僧の死体の中、同じような形で蛇骨も倒れているものだから皆が一瞬ひやりとした。

「…死んじゃあいねえ。しぶとい奴だ」
 
睡骨が蛇骨の体を確かめ、安堵にも近いため息をはく。ぺちりと頬を叩いたが意識はない。
腹からの失血がひどいのだろう…蛮骨は何を言うこともなく蛇骨を抱き上げると、帰るぞ、と小さく呟いた。









「ったく、つまんねえ罠にはまりやがって!」
「ごめんってば〜」

しばらく休んだあと、蛇骨は意識を取り戻した。
あれだけの失血をしても、ただの貧血程度でおさまったことは不幸中の幸いだろう。仲間たちからは散々しぶとい奴だ、と笑われたが…

「罠にはまったことはまぁいいとして、それから無茶に動いたな?」
「だって…奴ら、命が惜しかったら降参しろとか散々ほざきやがったんだぜ。…おれ、そんなんヤだし。」
「ったく。てめえがつかまりでもしたら七人隊全体の恥だぜ」
「てめえは黙ってろ睡骨!」

それからまた睡骨と蛇骨の言い合いがはじまったのでその場はうやむやに終わったが。(「蛇骨、お前一応病人なんだから大人しくしてろ」)
煉骨だけは難しい顔をしたまま、障子から少し見える三日月をじっと見つめていた。









「よー煉骨の兄貴ー…暇だぜ」

小夜ふけて。いつも皆の目を盗んで出かける時間帯になった頃、今日ばかりはそうもいかない蛇骨は暇そうに時間を持て余していた。
動けば傷がじくじく痛むが、じっとしているのはどうも性分にあわない。
見張りということで障子の傍で座り込んでいる煉骨に相手をしてもらおうと、体を捩った。

「うるさい。目ぇ閉じてりゃいつかは寝てくだろう」
「眠れねえよ〜おれいっつも夜はでかけるし、何もしないで眠るなんて無粋なこと出来ねえって」
「…馬鹿が」

ふう、と息をついて煉骨が立ち上がり、障子に手をかける。
そのまま部屋から出て行ってしまうのかと思えば、手をかけたまま微動だにしない。
どうしたのかと蛇骨も目をみはっていると。

「…蛇骨」
「何?」
「…おめえ、寺の僧たちに何やらごちゃごちゃ言われたって言ってたな」
「?…ああ、人間は知識では知ることの出来ない死を格別に恐れる…死にそうになれば身を守る、他人を犠牲にしてでも…。
だから、普通の人間ならむざむざ死に向かうようなことはしないってやつ?」
「それをどう思う、お前」
「どうって…おれの信念には反するね。おれ、死ぬのも勘弁だけど、無様な格好さらすのもやだから。」

武士道なわけではないけれど。
もし自分の色が通じぬ者が目の前に立ちふさがったとしたら、…死に直面していても、自分は笑っているだろう。

それが最後の抵抗だ。
決して、今まで自分の前で屈していった男たちのようにはならない。

「命より信念を取るってやつかな?…兄貴もそうだろ?」

当然、“応”の返事がかえってくると思っていた。
しかし、自分の目の前に無言で立っている兄貴分の顔は何処か、悩み答えに難しているように見えた。

「…兄貴?」
「…俺は……そうやって、お前のように達観は出来ない」

驚いた。
煉骨は、今まで自分の前でそのように「出来ない」などということは口が裂けても言わなかったから。

振り返った煉骨の顔を見て、何処か、変だと思った。

「その僧の言ってることも一理ある。死というものは、知識では計り知れないものだ。何時何処で直面するかもわからねえ。
…俺が、その時にどんな判断を下すかもわからねえ」

いつからか、自分がいやに生に固執し、死を恐れていることに気づいた。
自分が生きるために他人を蹴落とし、裏切ったことも多々。蛮骨を信用しここまでついてきたのも、彼が強かったから。

…最近、“もし”、ということを考えてしまう。
その考えを振り切ろうと敵を殺せば殺すほど、その意識は濃厚になってきて…自分を覆いつくそうとしている。

「…煉骨の兄貴…死が怖いの?」
「……」
「兄貴は死に直面したら、生に執着するの?…“生きたい”って、もがく?」

煉骨は何も言わない。…無言は、彼の肯定の証。

「……いいさ。…おれ、兄貴にだったら別にいい」
「…?」
「兄貴が生きるためにおれを利用しようとしても、兄貴なら恨まねぇ。…だから、兄貴は信念貫いてよ」
「…蛇骨」

死など怖くない。唯一恐れるとすれば、一番慕っている兄貴分たちに捨てられることくらいだ。

置いていかれるくらいなら、この身を兄貴分たちの生のために、いつでも差し出そう。
それは、無様に死なぬことなんかよりも心の根底で自身に誓っていること。

「おれ、本当に煉骨の兄貴も蛮骨の兄貴のことも好きだからさ。…この体、いつでも好きに使ってよ」
「…寝言言ってねえで、早く寝ろ」

まるで直視できないとでも言わんばかりに視線をそらし。
煉骨は改めて障子に手をかけ、そして部屋から出て行った。





月が冷え冷えとして、見ているだけでも寒さを感じた。
…そして、蛇骨の抱える思いは自分には暖かすぎて、もはや近づくことも出来ない、と感じた。

自分と彼の考え方は違う。価値観が違う。

いざという時は彼は多分言葉通り身を差し出すだろう。その時自分がどういう行動に出るか―――何処か恐ろしさを感じた。
蛮骨…弟分思いの彼なら、きっと死に直面したその時でも、蛇骨を守ろうとするだろう。

だが、自分は?もし自分の死ぬか生きるかの瀬戸際に、蛇骨が傍にいたら?







―――それ以上は、考えたくなかった。







人間であるが故の弱さ…それを体感する時が、すぐ傍まで迫ってきていた。