それは殆ど、奇跡に近いもの。
「大兄貴〜!何処行ったんだよ、全く…」
いきなり散歩に出かける、といって姿を消した蛮骨を探しに、蛇骨は深い森に入り込んでいた。
鬱蒼と茂った森の中は、昼でも薄暗い。
木漏れ日が、辛うじて辺りを照らしているだけだ。
蛇骨にとっては、それは気味が悪いということでしかない。
「う〜…大兄貴、ここに来てねえのかなあ」
茂みが深く、このまま奥まで進んだら迷ってしまうかもしれない。
そろそろ仲間たちの所へ戻ろうか、と考えた時、蛇骨は何かの気配を感じた。
(…人間?いや、これは…)
感じたことのない気配。
人間の弱々しい気配でもなく、妖怪の禍々しい気配でもなく。
その中間を彷徨っているかのような、微妙な。
…この奥からだ。
蛇骨は興味本位でその先を進んだ。
自分がまだ感じたことのないこの気配―――何だか、とても気になる。
暫く進むと、ぱっくりと割れた広いところに出た。
茂みが途絶え、空き地のようになっている。
そこへと出ると、蛇骨は着物に絡みついた葉や枝をぱらぱらと落とした。
「ったく、おれはこんな所はやっぱり好かねえよ」
それを一通り払い終わり、顔をあげると。
そこには、大きな一本の木が生えていた。
さっきまでにあった木とは比べ物にならない、結構な樹齢を重ねているであろうその大木。
そういえばさっき立ち寄った村で、村のやつらが“この森にはご神木があるから入るな”と言っていたっけ。
だからといって、神々しいものを感じとるほど蛇骨は神への信仰心などない。
ただ、何かを感じ蛇骨はその木に近寄った。
幹には、やはり古いものらしい、蔦が所々に生えていた。
その蔦を見ながら、木の裏へとまわる。
すると、そこには蔦に絡みとられた人の姿があった。
(…!)
赤く珍しい服を着た、銀髪の少年。
犬耳をしているところから、きっと妖怪―――しかし、禍々しい雰囲気は感じ取れない。
妖怪でもない、けど人間でもない妙な気配。
ああ、これがさっき感知した気配か。
胸に深々と刺さった矢。
目はきつく閉じられており、顔は少し青ざめていた。
真正面に向かうと、蛇骨はその顔の頬を触った。
冷たい。…けど、死んではいない。
中々、―――いや、かなり―――整った顔。
蔦さえ邪魔していなければ、…彼が目覚めていさえすれば、きっとこの手で犯してやったというのに。
「…蛇骨?」
名を呼ばれ振り返る。
そこには探していた人物、蛮骨が大鉾を携え立っていた。
「大兄貴!何処行ってたんだよー。探してたんだぜ」
「散歩って言ったじゃねえか。それよりお前…それ何だ?」
「あん?知らねーよ。けど、中々可愛い奴じゃねえ?」
うっとりとした目で見る蛇骨に、馬鹿、とでも言いたそうに蛮骨が目をむける。
きつく目を結んだ少年の足元に進むと、蛮骨はそれを見上げた。
「ふーん、封印されてんだな。死んじゃいねえ」
「なぁなぁ、こいつ気に入ったよ〜。つれてきたいっ」
「馬鹿。荷物になるだけだ。…ほら、帰るぞ」
「ちぇっ」
蛇骨の頭を軽く小突きながら、蛮骨が背を向けて歩き出した。
その後を追いながら、少年に一回だけ振り向く。
「もし今度また会うことがあったらよ、今度は名前を教えてくれよ」
おめえ可愛いからさ、今度会うときは絶対抱いてやる。
それに答えるかのように、さわさわと風が戦ぎ少年の髪が揺れた。
「何やってんだ蛇骨!早く来い」
「わかってるって、大兄貴」
今度会うときは、その目でおれをとらえてくれよ。
今度めぐり合う時は――――