散る、散る、桜散る。
どれだけ年月が過ぎようとも、変わらぬものがそこにある。
「…………」
まるで冬の雪が色づいたみたいだ、と思う。
ちらちらと自分の上に降り注ぐように落ちる桜の花よ。
しかし意外にそれを手に捕まえるのは難しい。何回か手を握ったり開いたりして、やっとはらりと手の甲に花びらがのった。
桃色の、可憐で小さな桜の花びらよ。
(…変わらない)
何処かの変な坊主が言っていたのを思い出す。
どれだけ時間、場所、環境が変わろうとも、何も変わらないものが確かに存在すると。俗に言う、永久(とこしえ)というもの。
それは人が人を慈しむ感情―――愛情。または、愛でるべき美しい何か。
桜の木を見上げた。
眼前に痛いほど広がる桃色の花の集合体。―――自分の気に入りの着物と、同じ色。
仲間と桜を見て騒いだのはいつのことだったか?
大兄貴と桜の木下で酒を飲んでいたまでは良かったけど、飲みすぎて煉骨の兄貴に怒られたこと――――
霧骨と最後に残った団子を取り合ったこと――――
いくつか思い出せる記憶はあるが、どれも何時何時何処何処の花見の記憶かまでははっきりと思い出せない。
本当にいつもいい加減に生きていたものだ、と過去の自分を嗤った。
(…でも、いつのものかは曖昧だけど、思いだせる)
それは、“其処”に存在していたという証。
いつか誰かに忘れ去られても、自分が覚えている限り、“それ”は幻にならない。
てん、てん、てん。
ふと、足に何かあたった。―――見ると、それは小さな可愛いらしい手鞠…八重菊の。
それをひょいと片手でつかみ上げ、転がってきた方向を望んだ。…幼い、おかっぱ頭の女の子があぶなっかしい足つきで走ってくるのが見える。
自分が本来、最も嫌う分類の“人間”だ…いつもなら、即斬り捨てるところだが。
「おねえ、ちゃん」
十中八九持ち主だ。少女は目の前で立ち止まると、蛇骨の手の中に納まっている手鞠をその大きな目で見つめた。
その少女を直視せず、視線をそらしながら手鞠を渡した。…渡すというよりは、ほぼ、捨てるに近かったが。
しかし少女はうまくそれを受け取り、嬉しそうに笑顔を浮かべると―――
「ありがとう、きれいなおねえちゃん」
てんてん手鞠、てん手鞠…散りぬる桜は何処へ消ゆ…汝の涙は雅たる…
何かの手鞠歌か、少女が手鞠をうまくつきながら走っていった。
散り行く桜。 何処へ。 消え行く。
何を嬉しく思い咲き誇り、何を悲しく思い散り行く?
(…変わらない、美しさ)
一種の常盤――――散り去った桜の木は、また来年には新しい花をつける。人々をその美しさで感銘させ、そして散る。
散り行けども、人々の心にその姿を“残す”もの。
永遠に続く輪廻……美しき桜。散り行けども、幻とはならぬその姿。
自分はあとどれだけ、その姿を見られるのだろう。
…自分がこの世から散り去って、もう何年たつのだろう。