この体の大きさを嬉しいと思ったことは一回だってない。
人間なはずなのに、どうしてこんなに自分は“普通の人間”と違うのだろう、と。物心ついた頃には一人だった。
恨むべき母親や父親の存在もなく、自分は中途半端な思いを抱えたまま山で暮らしていた。
必要とあらば人間を襲ったこ。自分のこの大きさに驚いて腰を抜かす者もいれば、嘲笑う者もいた。化け物、と罵る者もいた。

―――それらを全部、殺してきた。

空しさを抱えながら、力にものを言わせて。

そんなときにばたりとであった一人の少年。…背丈は小さく、上背は自分の半分くらいといった所だろうか。
今までの誰でもない反応…恐怖など微塵もない、むしろどこか嬉々とした表情で、自分を見上げてきた。

お前、めっちゃくちゃでっかいなあ。

…その少年に、今自分はつき従っている。







「邪魔だっての!」

足元あたりにちり、とした痛み。それに気づいて下を見下ろすと、きりりとした瞳とぶつかった。

「蛇骨」
「てめえただでさえでかくて場所とるってのに、突っ立ってんじゃねえよ!どけ!」

その強い態度にひけて、慌てて道を譲った。
譲られた道を進みながら、大きな態度で蛇骨が先に進む。彼、に背をむけたまま、その小さな背中は大きく息をついた。

「ったく…。外に行ってろよ」
「蛇骨、あんま凶骨いじめんなよ」

再度振り向くと、そこには首領である一人の少年。苦笑したまま、相棒である大鉾を肩に担ぎ上げていた。
凶骨の腰あたりをとん、と叩きながら蛇骨の前に立つ。

「凶骨、気にすんなよ。こいつ最近いい男が捕まらねえもんだからいらついてんだ」
「ふん、おれにはおれの好みってもんがあんの!大体、最近大兄貴も相手してくれねえからだろ!」
「わかったわかった。今夜相手してやっからあんまかっかかっかすんな」

宥めるように言うと、蛇骨はぱあ、と嬉しさを顔全面に現した。
単純、と笑いながら、ふと振り返る。…先ほどまでそこにいたはずの凶骨が、いつの間にやら姿を消していた。








「凶骨、こんな所にいたんか」

大きな体は隠そうとしても隠せるものではない。探そうとしなくても、その姿はすぐに発見できた。
背中を丸め、どこか哀愁の漂う凶骨の背中をぽんと叩く。大きな石の上に座った凶骨の隣に蛮骨も腰を下ろした。

「何しょぼくれてんだ?蛇骨のことまだ気にしてんのか」
「大兄貴」
「ん?何だ?何かあったら言えよ」

初めて出会った時から全く背丈が変わっておらず、未だ自分の半分ほどしかない程の身長なのに…
不思議にも、蛮骨はどこか自分よりも大きいと感じられる。

「蛇骨の言うことも殆どは当たってることだ…。…大兄貴は俺を何で仲間なんかにしたんだ?」
「あ?何でって…欲しかったから」
「そりゃあ、戦では少しは役にたつかもしれねぇが…他じゃ邪魔なことばかりだぞ、宿には泊まれない、街の奴には怪しがられる…」
「そんなこと言ったら蛇骨だってそうじゃねえか。あいつの男関係で町を出たことだって何回かあるし」

他には…、と指を折り数えていく蛮骨。
そうじゃない、と凶骨が続けた。

「蛇骨はいい、普通の体の大きさをしているし…容姿だって綺麗だ」
「そうだろ?俺の自慢だからな」

蛮骨がはは、と笑った。まるで、我が子を自慢するかのように。

「それに比べて、俺は尋常じゃない体の大きさだし…」
「あ?それだって俺の自慢だぜ?」

何を当たり前なことを、とでも言いたげな顔で蛮骨が凶骨を見る。その言葉に、凶骨はどこかきょとんとした表情を浮かべた。

「自慢…?こんな、化け物みてぇな姿が?」
「化けモンて…いいじゃねえか、そんな大きさ。俺だって出来ることならそれくれぇでかくなりてえもんだ」
「だが…」
「…凶骨。てめえ、自分のこと化けモンだって思ってんのか?」

いきなり、真摯な瞳を向けられた。…日が落ち、橙色の光が蛮骨の顔に落ちる。
どきりとして、言葉を発さずにいると。赤い夕日を見ながら、蛮骨がぽつりとつぶやいた。

「凶骨、俺はてめえより化けモンな奴を一杯見てきたぜ。」
「?」
「おめえよりでっかくて、化けモンみてえな…欲望に塗れた人間だ」

金と地位に溺れて戦ばかりを起こす殿さんや…大名。それに、そいつらの下についてる武士共だ。
あいつらの顔を見てみろ。たまにぞっとするぜ。

「俺は戦を起こすななんて言わねえ。俺たちだって戦を食いモンにしてんだからな…殺し合いが好きだし、こうやってでしか生きられねえ」
「……」
「てめえはずっと山で篭って暮らしてきてたからな。もっとたくさん戦に出たらわかるぜ」


本物の化け物がどんなものか―――
人間っつーもんは無力だと思っているが、時にして妖怪よりも恐ろしいときがある。


「自分のことを化け物って言いてえなら、もっと戦え。俺の力になれ。それからじゃねえと、自分のことを化け物だなんて言わせねえぞ。…お前は人間なんだ」
「大兄貴…」
「せっかくでかい体なんだ。小さくなんなよ」

担げ、と言われて蛮骨を肩に乗せる。
そしてそのまま立ち上がり夕日に向かうと、肩の上の蛮骨はおお、と感嘆の声を漏らした。

「やっぱりお前の上はいいなぁ…俺、高い所好きなんだ」

自分の顔に凭れかかり、うんうんと蛮骨が笑う。
やはりこの人には…かなわない。どれだけたっても、自分の背丈がこれからどれだけ伸びようとも…この人はずっと自分の兄貴分なのだと。
この人に必要とされているのだ、と思うと―――…とても、嬉しい。

「…大兄貴。俺はずっと大兄貴の傍にいてもいいか?」
「当たり前だろ。これ以上つまんねえこと言わすな。俺はおめえが好きなんだ」
「…………」
「蛇骨も、煉骨も睡骨も…皆、俺のもんなんだ。おめえも例外じゃねえよ。おめえがここで俺の傍にいるっつーのは嬉しいし、安心できる。
…うん、こりゃ自慢っつーより俺の誇りなんかもしんねえな」


俺もだ、大兄貴…
そう言おうとした言葉は思いに急き立てられ、うまく言葉にならなかった。