「しつこいっつーの!」
蛇骨の一振りで、また一つの体が雪の中へと落ちていく。手のひらをかえしたような、たったそれだけの動きで、命が空へ帰っていく。
蛇骨が目の前で戦っているというのに、蛮骨は大鉾を構えることなく雪がちらほらと舞い降りてくる空を仰いでいた。
まるで小さな埃が空から落ちてくるかのような雪…これは積もるな。
そんなことを考えながら。
一方の蛇骨はもう半刻は刀を降り続けている。動き回っていたせいで、息は白いのに、それに反してとても暑そうに着物の袖をまくりあげていた。
しかし、それでも自分たちに襲い掛かってくる山賊たちはまだかなりいる。
「ったく、せっかく雪が降りそうだってから酒を買い込んできたってのに…こんなところで山賊にあうなんてなぁ」
女のような格好の蛇骨と、年のわりには背が低い蛮骨を見ての狼藉だったのだろう。しかし、とんだ見込み違いである。
山賊たちは恐ろしく強い蛇骨に半ば腰がひけながらも、もはや後にひけないかのようだった。下手な何やら数うちゃあたる、とでも言わんばかりの襲い方。
蛇骨は戦い…否、人を嬲り殺しにするのは好きだが、それでも気分というものがある。
こんな寒い日に何が楽しくて、何が嬉しくて気に入りの着物を汚してまでこんなことを。それに、好みでもない男を殺すような労力、本当なら使いたくなどない。
「ち、数だけの野郎共が…なぁ、大兄貴もぼーっとしてねえで殺ってくれよ〜」
「ん?…あぁ…」
何処か遠い心地だった蛮骨を、蛇骨は押し出すようにして前に出した。
何かの動物の毛皮を着込んだ山賊たちはかなり気がたっている。雑言の限りを蛮骨に向かって吐き出していた。
「ガキが…!てめえら、ずいぶん好き勝手してくれたじゃねえか!この辺を縄張りにしてる俺たちを知らねえのか!」
「……初…」
「何だと?」
「この雪、初雪だな…」
まるで話を聞いちゃいない蛮骨の言葉に、かっと山賊たちが顔を赤くした。
「てめえぇ!!」
「蛇骨、俺と煉骨がお前と会ったのもこんな時期じゃなかったか?」
「へ?…そうだったっけ」
蛇骨は数や年というものに疎い。春夏秋冬にも疎い。
花が咲いたら春、暑くなってきたら夏、葉が赤づいたら秋、寒くなってきたら冬といったような感じで日々を飄々と生きる男だ。
「あぁ、こんな感じだった。ちらちら雪が降って…俺たちがお前と一緒にいた奴らを奇襲をする前夜…」
「そういやそうだったかな…。…で、それが何…?」
ちょいちょい、と指をふられ、何やらわからず蛮骨に近づく。
何だろうという気持ちで前にたつと、蛮骨はいきなり蛇骨の胸倉を掴み、まるでぶつかるかのように口を合わせた。
山賊たちも、当の蛇骨も大きく目を見開ける。唇と唇があたる悩ましい音が辺りに響いた。
「お、大兄貴…?」
「……記念」
悪戯をし終わった子供のように、蛮骨はにっと笑った。
こういう兄貴分の悪戯には慣れているはずなのに、蛇骨は先程とくらべものにならないほど体温が上昇するのを感じた。
「ま、俺も日にちには疎えし。今日がその記念日ってことでしゃれこもうぜ。酒も祝い酒に変更だ」
「そりゃ構わねえけど…」
「決定。…じゃ、そういうことで」
もはや唖然、といった感じで二人を見ていた山賊たちは、蛮骨がこちらに向かうのを見てはっと意識を取り戻した。
「て、てめえ俺らを無視すんじゃ…!」
「そりゃ悪かった。じゃ、今度はちゃんと殺す」
「は…」
刹那、山賊たちは宙を舞っていた。何が何だかわからぬ間に、下を見れば、斬れた肉体…自分の胴体が見えた。
斬れた部分から血がぼたぼたとしたたり落ち、まるで血の雨のように白い雪を染めていく。
そして、どさりと残りの上の部分が落ちる。…たった一振りであの世行き。先程までざっと十数人はいたであろう山賊たちは一瞬にして
皆物言わぬ塊になっていた。
強いっつうのはやっぱ大兄貴のことを言うんだな。今はただの肉片となったその者たちを踏み潰しながら、蛇骨はそう思った。
「ガキって言わなきゃ、もう少し手加減してやったんだけどな」
もはや血だらけとなった大鉾の切先で、頭らしき山賊の男の口をぴ、と裂く。
そして、口は災いの元、と吐き捨てるように言った。
「あーあ、折角白くてきれえな雪が…あんな奴らの血なんかで汚れちまった」
「暫くやまないみてえだし、明日になったらもっと積もるさ。…雪の純白は汚えもんを全部覆い隠してくれる」
蛮骨がふとひっそりと呟いた。
それに気づかず、蛇骨は大きく白い息を吐くと、半ば大袈裟ともとれるほどにぶるり、と震えた。
「うー寒…早く帰ろうぜ、おれの祝いしてくれんだろー」
「ああ。皆きっと待ちくたびれてるぜ…酒飲んで騒いだらあったかくもなんだろ」
「…そんだけじゃ無粋ってもんだろ、大兄貴…体の芯まであったかくしてくれよ。…むしろ、燃え上がったほうが嬉しいんだけど…?」
蛇骨の赤い口元を舌がぺろり、と滑り、そして下から覗きこむようにして濡れた色のある眸を蛮骨に向けた。
どんな男でも虜にすると言われる程はある凄まじい色気。激しい情欲をかきたてる蛇骨の”武器”に、自分でさえ少々辟易する程だった。
思わず暴走させそうになった本能を、理性がぐっと押しとどめる。
「……あーわかったわかった…だからここでそんな目をすんのはやめろ」
「何?興奮した?おれ野外でも全然構わねえけど」
「阿呆」
ぺちり、と軽く蛇骨の頭をたたき、転がっていた酒樽を抱える。
何だよ、と子供っぽく口を尖らせ、蛇骨はぺたぺたと蛮骨の後ろについた。
汚いものは全て覆い隠す。“記念日”である今日このときだけは、白いままで愛しい蛇骨を祝おうと思う。