いくら最強といわれようとも、悪魔なわけではない。
多数の人間を相手にしていれば、当然怪我を負うこともだってある。
…それは、いつも仲間の治療を全面的に受け持っている睡骨が医者に変わっていて偶然いなかった日。
「何やってんだ!!」
突然聞こえた大声に、武士たちの何人かが振り向いた。皆よりも前で戦っていた蛮骨も、聞き覚えのある声が荒いでいることに驚いて振り返る。
見れば、足から血を流した蛇骨と、蛇骨の腕を見るからに強くひっぱっている煉骨の姿。
そして、当の蛇骨でさえ、驚いたように煉骨を見ていた。
「…兄貴?」
「今日は睡骨がいねえから怪我をすんなとあれほど言っただろう!この鉄砲玉!!」
「でも、これくらい平気…」
「…俺たちが困るんだ!来い!」
激しい勢いでそう言い、そして蛇骨の腕を引っ張って前線から身を引かせる。
戦場から少し離れた後衛地で蛇骨を布の上に座らせると、何処からともなくあらわれた銀骨が包帯を煉骨に手渡した。
普段煉骨はこんなことをしない。仲間の治療は睡骨や霧骨にまかせっきりだからだ。
しかし元々器用な性質だからか、いとも簡単にそれをこなした。何の迷いもなく、するすると滑るように蛇骨の足に包帯を巻いていく。
医者である睡骨に引けをとらない腕。
ただ難を言えば、その包帯は少々きつめで。
「……きつい」
「それくらいの方がいい。怪我を負っていることを忘れないですむ、…無茶に敵に突っ込もうとしないだろう」
ぶっきらぼうな物言い。それは、必死に感情を隠そうとする煉骨の癖だった。
…遠まわしに心配してくれたことがわかっていた。
…嬉しかった。
「…ありがと、兄貴」
「……そう思うんなら、手を煩わせんな」
「心配してくれてんの?」
「好きなように取れ」
「じゃあ、都合いいように考える」
蛮骨と違い、中々煉骨は優しい言葉や甘い言葉を述べてくれない。
甘えたいときでも、情事の最中でも、「本当は嫌われてるんじゃないか」と普通なら考えるような物言いがざらだ。
戦場では庇いあいを好まず、普段はいつも蛇骨が一生かかっても理解できないだろう難しい本ばかりに目を向けている煉骨。
戦場以外ではいつも暇な蛇骨が、その横から読書の邪魔をすると、彼は「うっとうしい」と手厳しい言葉をはく。
それでも、蛇骨が諦めずにいると折れて構ってくれた。
…おれが餓鬼みてえにふてくされると、馬鹿にしたような笑いを浮かべながらも、おれを見ていてくれた。
そん時一瞬の、嘲じゃない笑みがすごく好きだった。
「……兄貴、好きだよ…」
「…………」
おれを好きでいてくれていたことを知っていた。
…嬉しかったよ。
だから、ずっとおれは兄貴についてきたんだ。
兄貴が何処でどう心を変えようとも、ずっとつきあうから。
(…兄貴)
あの時巻いてくれた包帯、今でも持ってる。
おれがまた無鉄砲に動いたから、こうなったのかな…?
兄貴のいうとおり、包帯をちゃんとまいていればこうはならなかったのかな…?
今ではもうわからない。
ただわかるのは、今かの者によって身を引き裂いたこの傷よりも、古傷がとても痛む…。