へぇ、本当にいるじゃねえか…
辺鄙な山に作られた、小さな屋敷。
奈落がたまに休息をとるために作った場所なのだが…そうはいっても、使われていないことの方が多かった。
しかし、最近また奈落がここに出入りしていることを知り、ふらと来てみると。
そこには、うつろな目をして遠くを見つめている男…ちょっと前に姿を見かけた、蛇骨とかいう奴がいた。
縁側に座って、呆けたような顔をしている。
神無が言うから来てみたけど、本当にまさかいやがるとはな…確か七人隊は全員犬夜叉たちにやられちまって全滅したはず。
奈落の野郎がわざわざあいつだけを生き返らせたってのは本当の話だったのか…
ぱちりと扇子を閉じ、音をたてずに近寄る。
まるで人形のようにその場に座っている男の背後をとることは、神楽にとって至極簡単なことだった。
「おい、あんた」
「…」
化粧を施している小奇麗な顔がふらりと振り向く。
本当にこいつは男なのだろうか?と疑った少し前の気持ちが、また神楽の胸の中にふつと沸いた。
「あんた、…蛇骨だったっけか。何やってんだこんな所で?死んだんじゃなかったのかい」
「……さぁ」
「さぁって…」
記憶がないのだろうか。
赤い眸は何を思うでもなく、ただ開かれているだけ。
確か前に見た時のこいつは、やかましいくらいの元気さで男を追い掛け回してたと思ったけど。
まるで違う今の様子に、神楽も少し拍子抜けしたようだった。
「奈落とかいう奴がここにいろっていうから、ここにいる。」
「帰りたいって思わねえのか」
「…何処に?」
顔が神楽に向けられた。
何処に、と問われ思わず口を閉じてしまう。
あぁそうだ。
…こいつに帰るところなんざねえよな。
仲間たちも全員殺されて、自分だけ生かされてんだからよ…
自分と同じ。
ここから、奈落から逃げ出したいと思っているけれど、行きたいと望む場所はない。
…帰る場所はない。
(…こいつ、どっかあたしに似てやがるぜ)
奈落の奴、趣味がとことん悪ィ。
神無とか、琥珀とか、あたしとか、そしてこの男…こういう、自分の思い通りになる人形ばかりを集めて弄ぶのがあいつの趣味だから。
(…け、割りにも合わず不憫だって思っちまうな)
そう考えているうちに、蛇骨は神楽から目を離しまた庭をぼうと見つめ始めていた。
何となくそちらに目をやると。そこには、もうそんな季節だったか、彼岸花が何本か咲いていた。
「彼岸花か」
「……彼岸花」
蛇骨が神楽の言葉を繰り返す。
と、頭を片手で押さえ少し体を傾けた。
「…どうしたよ」
「何か…今ズキって…」
記憶消されてっからな。琥珀もよくする行為だ。
しかしまぁ…彼岸花を見てそうなるなんて。
「彼岸花の花言葉は“悲しい思い出”だっつーしな」
「思い出…」
「…あんたの昔の大切な思い出が彼岸花にあるらしいな」
それが鍵となって、いつか思い出を取り戻すかもしれない。
慈悲の心をこの男に向けるつもりじゃない。あの冷徹な奈落から生まれた自分にそんなもの、きっとない。
きっとこれは同情。この男が哀れだと思う、見下した心なのだけれど。
「…あんたは、その思い出を大切にして生きろ」
「…?」
「これから何があるかわかんねえけどな、あんたはそのまま彼岸花の思い出を大切にして生きたらいい。
…奈落におびえるのは、あたしたちだけで十分さ」
扇子をもう一度ぱたりと開く。
怪訝そうな顔をする蛇骨に背を向けると、神楽は屋敷を後にした。