朽ち果てた小さな古寺。
昔々、乱暴な武士たちに滅ぼされたらしいけど、そんなことを知る者は今は何処にもいない。
今はただ、旅人たちの休憩所としてひっそりと立っている。



「大兄貴、あれあれ!あそこで雨宿りしようぜ」
「そうだな」

突然の雨に襲われた男たちが、古寺に駆けこんでくる。
ぱしゃぱしゃと水溜りにはまって雫を跳ねさせながら、二人は大きな柱の影に入った。

「参ったぜ、いきなりの雨」
「んっとになあ。さっきまでいい天気だったのに」
「空模様が一気にヤバくなってきやがって…ち、空が暗いぜ」

背の荷物を降ろし、一人が空を仰ぐ。
どんよりとした灰色の雲に覆われた空が、大粒の雨を地に打ち付けていた。

「ああ、何だかまた帰ったら煉骨の兄貴に怒られそうだ」
「っぽいな。あいつ、笠持ってけって言ってたし。…ま、ただ買い出しに出かけるだけで、そんなに時間はかからねえって思ってたしな」

その後、少し彼らは黙った。
そして、すぐに何を思い出したのか、あはは、と声をあげて笑い出す。
暗く古ぼけた寺内に、二人の声だけが響いていた。

「ま、とりあえずもう少し雨足がおさまったら走って帰ろうぜ」
「ああ。…ところでよ、この寺…出そうじゃねえか?」
「?何が」

髪を三つ編みに結った少年が、いきなり声を低くする。
それにもう一人の連れがきょとんとすると、少年は面白そうに顔をにやりとさせた。

「…幽霊だよ」
「っ!!な、何言い出すんだよ大兄貴!そーゆーことはやめろよっ!」
「さあ、どうだっかなー」
「大兄貴っ!!」

二人は向き合い、子供同士のように楽しそうに会話をしている(桃色の着物を着た男の方は何だか本当に怖がっているようだったが)。
…それにしても、雨はおさまることを知らないかのように降り続いている。
しぶきのように強く降り注ぐそれ。
まるで、この二人をここから出さないとでも言っているかのようだ。

「…おさまりそうにねえなあ」
「どうする?走って帰るか?それとももう少し待ってみるか?」
「ん〜…」

雨と少年を交互に見た後、着物を着た優男はにこりと笑い、…少年に飛びついた。
それこそ、少年が驚いてその場に倒れこんだ程。

「な、何だよ」
「もう少しここで待とうぜ!もー少し、大兄貴と二人っきりでいたいしさっ」
「……そっか。ま、どっちにしたって煉骨には後で起こられそうだしな」
「そうそう!二人で怒られようぜ」

それから二人は肩を並べ、雨を眺めていた。
二、三会話を交わしていたが、後は二人で黙ったまま寄り添いあっているだけで。
その姿が、とても睦まじかった。

しばらくして、二人は少し雨のおさまりかけを狙ってまた走っていった。
もう、ここに来ることはないだろう。


私はまた、一人で次の旅人を待っている。