始まりってのはいつも突飛な所から。

確か、十年近く前のことだった。俺がまだガキで、今ほど得物の扱いも手馴れてなかった頃。
俺は父母と妹と一緒に、小さな農村でひっそりと暮らしていた。
貧しかったけど、俺は幸せだった。
これ以上に何も望むものはないし、何より平和だったから。
勿論各地では戦が続いていて、中でも“特別な宝”を持つこの村はよく狙われていたけど、どこの国の王も、この村のが何処にあるのか、
までは知らなかった。
何故なら、俺たちの住んでいるこの村は奥地にあって、ここに住んでいる村民しか場所を知らなかったからだ。


でも。


ある日のこと。
俺が隣町まで使いを頼まれて行って帰ってくると、村には戦火があがっていた。
目の前で起こる虐殺。
目をギラギラさせた武士が「あれは何処だ」って狂ったように叫んでいた。

急いで家に帰ると、父が入り口のところで背から血を流し死んでいた。
その奥で、母が妹を抱きしめながら…二人とも背に刀が刺さっており、絶命していた。

俺は頭をめちゃくちゃ強く叩かれたような衝撃を受けた。

いつも暖かい太陽の匂いがしていたその家は、血の生臭い臭いだけしか今はなかった。
俺は吐きそうになる衝動を抑え、…村の社へ走った。
父からよく聞かされた、“この村に何かあったら、宝を守れ”という言葉だけが頭を駆け巡っていたから。


武士の奴らもまだ気づいていなかったのか、社にはまだ“宝”が残されたままだった。
立派で壮大で、人々がまるで神のように拝んできたのも無理もない、とさえ思わせるそれ―――
母が、“お前の名はこの宝からとったんだよ”といつか教えてくれたのを思い出した。
少し重かったけど、力だけが自慢だった俺は背丈ほどもあるそれを抱えて山の裏手から逃げた。

その途中で、武士たちと何か会話をする武士らしくない男を見た。
見たことのある顔だ。
…そうだ、俺に竹とんぼの作り方を教えてくれた、…俺が昔、兄のように慕っていた男だった。
金が入っているような重そうな袋を右手に握り、にやにやと笑っていた。

あぁ、あの兄ちゃんが村を裏切ったのだと。
俺は走りながらそう悟った。



無我夢中で、村の煙が遠くに見えるまでに走った時、俺の両足は血まめだらけだった。
だけど、そんなことはどうでもいい。
守ろうと思っていた者を守れなかったこと、裏切り者に背を向け逃げたこと、…自分にむしゃくしゃに腹がたった。
幼く、非力な自分が許せなかった。

“二度目はない”と。
そう誓おう。

抱えてきた宝を手にとると、鋭いその切っ先を額に滑らせた。
激痛と朦朧とする意識が一気に襲う。
だらりと、黒いものが額から流れていった。
さきほどまでいやというほど見てきた、それ。
月明かりで輝く宝に自分の顔を映すと、額には十字傷が出来上がっていた。

「…へ、決意ってのにはちょうどいいや」

赤黒い血がさらさらと流れていく。
だけれども、自分の眸からは一滴の雫さえ落ちることはなかった。

強くなろう。決してもう、誰からも自分のものを奪わせたりなどしない。


そう願ったことが、後に七人隊の首領として恐れられた彼の原点。…始まり。