「―――何だ、ホカゲはいねえのか」
団員全員が並び、今度の大掛かりな計画の会議がなされていた時。
マグマ団リーダー・マツブサは優秀な片腕の一人がまだ会議に参加していないことに、中盤になって初めて気がついた。
「リーダー言っただロ、あいつは朝に弱いんダ」
「夜はどっかでほっつき遊んでるみたいだしねえ」
幹部であり今もリーダーの傍につき従っているホムラ・カガリ両名もそう言葉を続ける。
しゃあねえなあ、とマツブサも頭を掻いた。
「おい、お前ちっと行ってきてホカゲを叩き起こしてこい」
「え、私がですか」
彼は今度の計画で、ホカゲの元につくことが決まった新入りの団員だった。
いきなりリーダーから声をかけられ驚いたようだったが、すぐにきびきびとした態度で、はい、了解しましたと二の返事を返す。
そして退出の礼をすると、すぐに走りだした。
「…やれやれ。あいつも気に入ったモンにはひどく執着するタイプだからねえ」
そんな、カガリの親しみにも似た溜息を背に受けて。
「ホカゲさん、ホカゲさん。…失礼します」
コンコン、と控えめに数回のノック。
低く唸るような声が聞こえてきたので、そろりと戸を開けて中の様子を見てみた。
もうすぐお昼だというのに、中は薄暗かった。此処が地下なせいもだろう。
加えて、明るいのが嫌いなのだろうか、ライトもベッド脇に小さなのが一つあるだけで…明かりになりそうなものは他には見当たらない。
ポスターの一つもなければ、娯楽のようなものは一切ない。正しく殺風景、の一言に限るであろう部屋だった。
でも、何となくホカゲらしい、と思った。
暗い室内。その中でも存在感を誇る天蓋ベッドの中で、わずかに動いたような気配があった。
「まだ寝ていらしたのですか」
額を押さえ、部屋主―――ホカゲが視線だけを目の前に部下に向ける。
「…誰だ…」
「はい!このたびホカゲさんの元につかせていただくことになった、エンと申す者です!」
新入りらしく、きちりと挨拶と敬礼のポーズ。
しかしホカゲはそんなことを気にかけることなく、彼から視線を外して小さくそうか、と言っただけだった。
ベッドの布団の中で一回寝返りをうって、欠伸を一つかみ殺す。
「…んで?何か用か新入り」
「あ、はいリーダーがホカゲさんを呼んでくるように、と」
「あ―――会議か…忘れてたぜ。ご苦労な」
ようやく寝台からホカゲさんがのそりと起き上がる。
その彼の体に今まで隠れていたのか、そこに来て初めて僕はもう一人そこに誰かがいることに気がついた。
女性…いや、とても若い…少女だ。
「?ホカゲさん、…その子は…」
「こいつか?」
ホカゲがにいと笑ってその女の子を腕に抱き上げた。
栗色の髪はホカゲさんの肩にさらりと流れ落ち、華奢な白い体は何の抵抗も働くことなく彼に預けられている。
「…オレがずっと欲しかったお姫さんだよ。最も、もう心を亡くしちまってるからほぼ人形同然だけどな」
「はぁ」
今まで何回かホカゲさんが女性を連れているのを見たことがあるが、その中で最も美しいだろうと思う人だった。
…否、綺麗な女性というよりは、まだ「可愛い」という言葉の方が似合う女の子だ。
多分、僕よりも年下だろう。
「意識があった頃はもっと魅力的だったんだけどなあ…ちっとやりすぎたもんで心が死んじまったんだ」
「やりすぎた?」
「幻想をちっとばかし見せすぎてな…壊れたんだ」
多分、それは今もベッドの横でちゃんと待機しているマグマッグの炎のことだろう、と思った。
(マグマッグは体が冷えてしまうため眠ることはないというが、そのことがなくともきっとホカゲさんに眠ることなく付き従うであろうと思われる程従順なパートナーだ。)
僕自身は経験したことがないのだが、少し前仲間がホカゲさんの目の離した隙にマグマッグの炎にやられて…
精神崩壊を起こして、医務室から動けないことを余技なくされたことがあった。
「悪いな。ちっと目を離した隙に…コイツの炎を見続けない方がいいぜ。数秒見続けただけで炎に引き込まれて気絶する」
所有者のオレでも気を抜くと、とホカゲさんはつけたした。
その炎にこの娘もヤラレたんだろう。深く蒼い目は輝きをもたず、床の何処か一点だけを見つめていた。
「…あの、この子はじゃあ心をもう取り戻せないのですか?」
「オレは知らねえな。お前知ってるのか?」
「い、いいえ」
「ま、どっかの病院放りこんでリハビリでも受けさせれゃ何とかなるかもしれねえけどな」
勿論、そんなことはさせない、とでも言わんばかりの口調だった。
エンが見ていることなど気にもとめず、ホカゲは少女の桜色の唇にキスを落とす。(少女はん、と少し息を漏らしただけで、後は無反応だ)
それを見て少し頬が紅潮するのを感じながら、エンは先ほどカガリが呟いていた言葉を思い出していた。
ホカゲさんはこの子に執着しているんだな。…どういう子だったんだろう…。
部下、しかも新入り、がそんなことを上司に聞くのは失礼というものだろう。
故に聞くことは出来なかったが、団内でも女子団員にかなりの人気を誇るホカゲさんが惚れ込んだほどの子だ、…素晴らしい子だったのだろう。
可愛いのは見ればわかるが、きっとおしとやかでまさしく女の子、というような感じとか―――
「さて、 着替えてくっか」
そろそろ行かねえとリーダーにどやされそうだしな、とホカゲが嘲笑う。
腕に抱いていた少女をベッドに戻すと、マグマッグをボールに戻し、奥の部屋へと消えていった。
「あ…お食事はいいのですか」
「オレはいつも朝は抜く。昼は外で食べてくる」
「この子は…」
「机の上にある木の実でも放りこんどいてやれ」
好き嫌いも何も言わねえから、と声だけが奥の部屋からかえってきた。机の上にはいくつかの木の実が置いてあって…
あまり木の実に詳しくないので適当に実を選び、包丁で一口サイズに区切った。
「えっと…口、…開いてもらえるかな」
理解しているのか生理的なものなのか、ゆっくりと小さく少女は口を開けた。
サイコロサイズの木の実を口の中に入れてあげようとした瞬間、…少女が何かを呟くのが聞こえた。
… る、 … ぃ …
「え?…何て?」
もう一度聞き返そうとしたが、もはや少女は何も呟くことはなかった。
また元のように俯き加減で、虚ろな碧眼を床に落とすだけ。
「よし、…待たせたな新入り」
いつものように団員服に着替えたホカゲがエンの肩を叩く。
あ、はい、とエンが立ち上がると、二人は少女に背を向けて入り口へと歩いていく。
入り口が開かれ、少しの光が部屋に入り…そして閉じられる。―――薄暗闇の部屋はまた、静かになった。
/end/
■inマグマ団基地(捏造万歳)ある意味バッドエンドやね。
エンさんはゲームで出てくるちょっと優しいマグマ団員、とかいう裏設定もあったり…(マグマ団基地にいた、「オレたち間違ってんじゃないのかなあ」とか言ってる子w)
勿論漢字は「炎」(笑)…出番はもうないですがね。