「げっ、またかよ!」



少し朝夕が寒くなってきて、木々の落ち葉も目立ち始めた頃。
その日もいつもと同じようにポケモン塾にきて手伝いをしていたクリスは、部屋の中からそんな声(叫び声に近い)を聞いた。
朝がまだ早いので、子供たちはまだポケモン塾に集まってきていない。
空気の入れ替えをしていたその部屋にいるのは、…

「なあに?ゴールド」
その声の発し主はゴールド。
オーキド博士の元で手伝いをしている傍らここにもよく来るのだとクリスが彼に話したら、ここに通うようになったのだ。
なにやら先程宅急便のようなものが届いていたから、それに関係するものだろうか。
縁側から部屋の中を覗くと、ダンボールを開けて(中のクッションを辺りに散らかしまくり、)ゴールドがこちらに背を向けて座っていた。

「あんのババァ―――…またタマゴよこしやがった」




ババァ―――つまり、彼が少し前お世話になった育て屋のおばあさんのことだが―――がまたゴールドにタマゴを送ってきたらしい。
勿論食べなさいというものではない。
育て屋を利用し、そして自分の♂♀ポケモンの間にタマゴが見つかったトレーナーにまたゴールドのことを話したのだろう。

ゴールド…“孵す者”というタマゴ孵化の専門家スペシャリストがいる、と。

タマゴが見つかる確率はそう高いものではない。
いきなり自分のポケモンにタマゴが見つかり少し混乱してしまったトレーナーは、専門家がいると言われればそれにすがってしまうものだ。
下手に手を出してタマゴ孵化に失敗するよりは、孵化まで専門家に預けてうまく孵してもらう方がいいだろう、と。
ゴールドを困らせようとしてか、評判をあげてやろうとしてか、はたまた“育て屋の”評判をあげようとしてかは知らないが、孵す者としてのゴールドのことを
褒めているそうだ。
(「彼に任せると元気なポケモンが生まれますよ」、と巧みに言いつける姿が思い浮かぶ)




「今度は3個も送りつけやがったぜあのババァ…」
ダンボールの中には、確かに割れないように大切に包まれたタマゴが三つ。
しかし、先にも言ったとおりこれが最初なわけではない。ゴールドの手元には今現在、同じように持ってこられたタマゴが一つあるのだ。
あぐらをかいたゴールドのひざの上にちょこんとのっている小さなタマゴ。(時々動いていることから、孵化はそろそろだろうと思われるが)

「よく頼まれるのは一応はあなたの孵化が評判が良いというわけなんだから、喜んでもいいんじゃない?」

自分もよくポケモンの捕まえ方をメールや手紙などで聞かれることがよくある。
噂では、“育てる者”として名の知れているグリーンの元には上手なポケモンの育て方を乞う手紙などもよく来るそうだし…
あの仮面の男マスクオブアイス事件から、自分たちのそういう名が知れ渡ったらしい。


「そんな評判が良くったって嬉しかねぇよ!ったく、結構面倒なんだぞこれ…」
本当に嫌なのなら放っておけばいいのに、それをしないあたりがほほえましいというか。
彼の近くに座ってタマゴをじっと見上げているバクたろう、肩に乗っているエーたろうも何処か嬉しそうだ。

「でも私もゴールドの孵化、すごく良いと思うけどな。」
「あ?」
「どのポケモンも確かに元気いっぱいだし、優しい目をしてるし―――、」

ゴールドが孵化させたポケモンは、きっと優しいポケモンに育つであろう、大きく綺麗な瞳をしたポケモンばかりだ。
孵化一週間後頃に受取人が来るのだが、その際ポケモンを見て流石、とつぶやく者も多い。

…それに、

「とても人懐っこいもの。野生のものだったら問題かもしれないけど、トレーナーによく懐いていいと思うわ」

そう笑顔で褒められても、何となく素直に喜べない所があった。
…好きな女の子に「孵化が上手いのね」と褒められて誰が素直に喜べようか。(いるとしたら、生粋の保育士くらいなもんだ)


…しかし。
そこであることに気がついた。


「…人懐っこい?」
「?ええ、とても。生まれてすぐ、人に抱きつくなんてとても人懐っこい証拠じゃない」
インプリンティングというわけでもなさそうだし。それはまさしくゴールドの実力だと思うけど、とクリスはつないだ。

けれど、確か前ゴールドが育て屋のおばあさんから預かった手紙の中に、
“元気がいいのは良いことだが、もう少しトレーナーに懐くような孵化の仕方もしておくれ”とあった。(勿論、そこまで出来るかとすぐに返信したが)
あの時は深く考えなかったが、確かに“ここで”孵化したポケモンはそれなりに人懐っこいのが多かったような気がする。

「最も、元気が良すぎてゴールドみたいに不良になられても困るけど」
「そりゃどーいう意味だよ!」
「そのままの意味よ、不良さん」
「…へっ、じゃあお前もポケモンを捕まえる時はフレンドリーボールは控えるんだな!」
「…どういう意味よ?」
「おめえにめっちゃくちゃ懐いたらポケモンがみーんながっちがちのマジメタイプになっちまうだろ!」
「なっ…」

真面目は良いことって言ってるじゃない、とクリスはいつものように言い返そうとしたその時。
パキ、とゴールドのひざの上にあったタマゴにひびが入った。

「!」

パキ、パキ、パキ…タマゴ上部の殻が細かく割れ、足元に散らばっていく。
そして、すっとタマゴに薄桃色のグラデーションが上から下へとかかり、一気にタマゴは割れた。
生まれたのは、可愛らしいピィ。
生まれたばかりでまだ体の桃色の肌も薄いが、頭をふるふると振って残りの殻を落とすと、ピ、と小さく鳴いた。

「可愛い!」
クリスが胸の前で手を組んで感動を露にする。
ゴールドのひざの上に乗ったピィは一回周りを見渡し、(孵化主のゴールドの顔を見上げ、)そしてクリスの姿を見ると元気よくひざの上から飛び出した。
「きゃっ」
それをうまく受け止め、クリスもピィを優しく抱きしめる。
とてもさっき生まれたばかりとは思えない元気さだ。少し嫉妬心さえ覚えてしまうほどのクリスへのピィのくっつき方に、ゴールドはむすっと顎に手をあてた。

「やっぱりとても元気が良いし、人懐っこいし…ゴールドそっくりね」

何処が、といいかけて、ふと気がついた。


…確か、前オーキドのじいさんに言われたことがある。
“孵す者としてゴールドが孵化したポケモンは、ゴールドの意思、そして感情すらも受け継いだポケモンとなる―――”


オレの意思。…オレの感情。



…おいおい、まさか。
“ここで”孵化したポケモンが正規の持ち主トレーナーにはあまり懐かず、ここの人、―――つまり、クリスにばかり懐くのは、――――




「………」




目の前でピィをあやすクリスと、そんなクリスから離れようともしないピィ。
それらを順番に見、…ゴールドは口元に手をあて彼女に顔を見られないようにうつむいた。


/end/
■ゴークリ。ゴークリ難し…!絵茶でちょこっと某様にお話したネタでした。(笑)人懐っこいわけじゃなく、…なわけですね。でもゴールドが孵化させたらそんなポケモンばっか生まれると思う。(愛
 しかし彼らの二つ名が知れ渡っているかはどうかはスルーの方向で…^^;