フエンでアスナと分かれて以来、サファイアは更に力を求めるようになり、一人修行に明け暮れていた。
――アクア団を倒す、ただそれだけのために。
朝は早く置き、夜は遅くに眠る。
夢なんて見ている暇はない。…それなのに、最近、変な夢をよく見る―――――






しかもそれは、いつも同じ始まりを持つ。

あたしは暗闇にたっている。―――白い紙の上に黒い絵の具を塗りたくったような、何の光もない本当の闇の世界。
此処は何処だろう、ちゃもたちは…と思い始めた所で、足元に水の気配を感じる。それはおかしな水。暗闇の世界でさえ、淡い光を放って存在をアピールするかのような。
この水、何処から…。そう思っていると、いきなり目の前にあった水溜りから人の影が生じてきて。

…“ソレ”は最も憎い顔貌となる。

「あんた…!」

彼はニヤリと笑う。
ルビーのような悪戯っぽい雰囲気は皆無、…本当に人を憎しみから嘲って嗤う顔を。


「少しは力がつきましたか?」

「…うるさい…!」


近寄るな、と叫ぶ前に彼は自分の目の前にいる。
コイツを見ていたくない。

「一人で修行、ですか。貴女は相変わらず儚いことばかりしていますね―――私たちを倒すだなんてそんな考えは捨てなさい」
「うるさい…あたしはあんたたちを倒すと決めたと!たとえかじりついてでもあんたたちを追いかけて…絶対に…!」
「…愚かな」


アイツの周りが水でいっぱいになっていく。
水色に澄み切った綺麗な水ではなく、濃い青色の…どろりとした、まるで凝固し始めた血のような―――。


「仮に貴女が私たちを滅ぼせたとしましょう、…それが何になりますか?人間たちは貪欲で、飽くことを知らない。一つを手に入れれば、もう一つが欲しいと思うものなのですよ。
…今こそ緑豊かなホウエンですが、今にこのような人間たちの餌食となり滅んでいくでしょう。―――海は偉大なる生命の母。
私たちはホウエンを滅ぼそうとしているのではない、救おうとしているのですよ」
「…万が一、あんたたちのしとることば良い結果となっても、あたしは喜べん。あんたたちのやり方が気に食わんとよ。…人ば傷つけて得る幸せなんて、偽物以外の何ものでもなか!」
「…解っていただけないのはとても残念ですね。…しかし、貴女が一番に知っておいででしょう?ツワブキ社長の部品盗難事件、火山j活動の停止…
私はしようと思ったことは必ずやりとげるし、欲しいと思ったものは必ず手に入れる」
「……」
「例え何を傷つけようともね」

ツワブキの社長さん…アスナ…二人ともこいつらに傷つけられた!

「きっと貴女にもわかる日が来ますよ」
「…わからん…あんたの言うことなんてわかりたくもなか!」

アイツはあたしの嫌いな表情で嗤う。

ああ、どうしてこんな夢を。

いつの間にかねっとりとした水はひざあたりまであがってきていて。
まるであたしを逃がさないとでも言わんばかりにぬるりとまとわりつき、自由を奪っていく。

「貴女は素質はお有りなのに。私たちと敵対する立場でなければ、仲間にでも誘いたい所ですよ」

違う。
その目は、敵対している今の立場であれ隙があればあたしを自分たちの所へ引き込みたいと言っている目だ。

「…ふざけるな…あんたの仲間になるくらいやったら、その前に舌ば噛み切る!」
「自殺されるなんて楽しくありませんね。その前に私が貴女の首を切り落とすとしましょうか」

アイツは手に大きな鎌を持つ。
まるで死神のようだ―――その鎌をあたしの首にするりとあてる。冷たい鉄の切っ先が項にヒヤリとあたった。

「…そんな目をしないでください。貴女はまるでこの世の憎しみ全てを私に向けているような目をする」
「…そう見えるのなら、それで当たっとるとよ…!あたしはあんただけは許せん!」
「私のことを、嫌いというわけですね。…ふふ、私も貴女のことは嫌いですよ…」

アイツはそう言い切ろうとして、ふと考え直して。

「…ああ…そうですね。私はあなたの憎しみをこの身に受けるたびに、貴女を好ましく思っていっていますよ」
「…」
「あなたを見ていると愛しくて愛しくて仕方ない…強気な人間がする美しい抵抗。…それが屈っせられる時、人間はとても甘美な啼き声をあげる」

そう、貴女のことだ。
いつか…私と戦い、全てが壊された時…あなたはどんな声で啼きますか?

「…時が来たら…その時になったら、貴女はきっと私の腕の中にいるでしょう。そして、貴女は私にすがることとなる」
「…やめて!」



これは夢―――“あたし”の夢なのに、なしてあんたはそんなに饒舌と!
うるさい…!






それは、あなたが私を深く憎んでいるからですよ。
憎まれれば憎まれるほど、私はあなたを好きになっていくでしょう。
憎めば憎むほど、あなたは私から目をそらせなくなっていくでしょう。

―――憎しみと愛しさは紙一重なのですから。







「…っ!」

アイツの頬を叩き飛ばそうと手を伸ばした所で目が醒めた。
伸ばした手の先は空。…その指の隙間から、煌々と輝く月明かりが漏れてきていた。

頭が痛い。…それはきっと石を枕にしているせいじゃない。
アイツの憎らしいほどの笑顔が脳裏に焼きついて―――まるで今さっきまで本当に目の前にいたかのような。
肌寒ささえ感じる夜だというのに、脂汗が頬をゆっくりと流れていった。

青白い月に向かって。月を“アイツ”に見立てるかのように睨みつけて。


「絶対に今度こそ倒してやるけん…!」


明日も修行しよう。修行の量を増やして…そうじゃないと、安心出来ない。





アイツに、あんな顔を二度とさせはしない。






/end/
■サファイア頑張れーって感じです。(自分で書いときながら)シズクは姫に嫌われれば嫌われるほど好きになってくんだろうなあとか思いつつ…サファイアの強気な所が好きっぽい。
 それをくじけた時シズクは姫を手に入れられるんですよ。私が書くとシズクの鬼畜さが3割増しされる気が…アワワ