「ボクはキミを好きになりました。恋に落ちました。だから付き合ってください。」

筋が通っているような、通っていないようなよくわからない理屈で彼は自分にそう言った。
花束を持って…否、たった一本の花を自分に差し出して。
「…頭がイカレよったとか?」
「失礼な。ボクはいつでも本気、正気だよ」







少し肌寒さが残るものの、やっと暖かくなってきた初春のホウエン。
“そろそろ自分たちの季節、目覚めなければ”とでも言わんばかりに咲き乱れる花々の中に、ルビーとサファイアの二人は立っていた。
むせ返るほどの花の香り―――とても芳しいけれど、長い間ここにいたら鼻が曲がってしまいそうだ。それほどに花の数は多く、香りはきつかった。
でも、眺めはまさしく絶景で。

「というか、あんたいつからそこにおったとね!」
「ついさっき。キミの姿を見かけたからついてきてみました。花の中ではしゃぐキミを暫く見ていました」
「…悪趣味ったい」
こんなに見事な花畑、見たことがないからついはしゃいでしまったのだが、よりによってこの嫌味なライバルに見られてしまうとは。
少々気恥ずかしさを覚えた。

「でも立派だよねぇこの花畑…Beautiful!」
桃色や黄色に咲き誇る花々の中で、“美しいもの好き”の彼は嬉しそうに辺りを見渡した。
丁度この日は風もさほどなく、暖かな陽光が天から降り注ぐ穏やかな気候…彼のポケモンたちも花畑の中を歩き回っていた。
「まさかキミにそんな女の子らしい趣味があったと思わなかったけどねえ。ワカシャモに花のティアラか…ふふ」
「悪かったとね!どうせあたしは泥にまみれとる方が似合っとうよ!」
「そんなことは言ってないよ。どうせなら」

ふぁさ。

いつの間にか作り上げていた花の冠を、ルビーは怒りで眉を吊り上げるサファイアの頭上にのせた。
ソレはサファイアが作ったものより少し小さめだが、とても精巧な造りで。

「ワカシャモよりキミの方が似合うだろうなと思っただけだよ、お姫様」
うん、Pretty、と満足そうにルビーが微笑む。
一瞬呆然としたが、すぐにかあっと体温の上昇を感じた。
「ん?頬がリンゴのようだけれど?野蛮人さん」
「せ、せからしか!」
本当にこいつは性格が悪い。悪い。自分をからかって自分の困った顔を見るのが好きなのだ―――
サファイアは頭にのせられた冠を取ると、手で握り締め彼に背を向けた。


「それで?」
彼は何事もなかったかのように言葉を続ける。

「さっきの返事は?」
「返事?」
「“ボクはキミを好きになりました。恋に落ちました。だから付き合ってください”」
一字一句間違えることなく、ルビーは先ほどの告白を再現してみせた。(目つきまで似ている)
先程は突然のルビーの登場による驚きでほとんど聞いていなかったが、改めて言われてサファイアは更に顔を赤くする。
「あ、ああああんた…っ」
「言い方が気に入らなかったかい?もっと別な告白の仕方とかも考えていたんだけどね――」
これが一番シンプルで思いが一番伝わるかな、と思って。
何処までもにこにこと朗らかな笑顔でルビーは話す。
「そうじゃなか! だ、大体恋に落ちたとか…あたしとあんたはまだ出会って日にちもそう経ってなかとよ!」
「そんなの関係ないよ。あのロミオとジュリエットだって出会って1日で恋に落ちたんだ。たった5日でそれに幕を閉じてしまったけどね」

彼らの場合はすれ違いから悲劇が起こり、そしてその話は伝説として後世まで語り継がれるようになったが―――

「ボクはそんなヘマはしないけどね。一度キミを手に入れたら二度と離さないよ」
「〜〜〜」

いつ近寄ってきたのか、眼前で彼は余裕たっぷりに微笑む。

コイツはいつからこんなあくどい性格になったのだろう。それとも自分が単に口喧嘩が下手なだけなのだろうか…
自分はどちらかといえば口で喧嘩をするより、まず手が出てしまう性格だから。彼はきっとその逆だ。
…悔しさと恥ずかしさで、彼の顔を見ることすら出来なくなった。
(否、見ようとせずとも顔をあげればすぐ彼の顔が眼前にあるのだが)


「…ふふ、これ以上言ったら破裂しちゃいそうだね」
きっとそれくらいサファイアの顔が赤いのだろう。
ルビーはサファイアから一歩足を引き、空を一回大きく仰いだ。
「返事は80日後まで待つよ…80日後にYesの返事を可愛い笑顔で聞かせてね」
Noは聞かないよ、とでも言わんばかりの口調だった。本当に彼は強引というか、何というか―――
「…あんた…ずるいったい…っ」
「あはは。じゃあもうボクは行くよ。せいぜいそのティアラを大事にして、少しでも都会人らしくなりなよ、野蛮人さん」
「な…っ」

反論する隙を与えず、ルビーは走ってその場から立ち去っていった。(ポケモンたちもちゃんと後に続いていた)
せめてもの、と思い小さくなっていくその背中に思いつく限りの罵倒を並べてみたが、どれも気持ちがせいせいするようなものではなくて…
彼から受け取らされた冠もその場に叩きつけてやろうかと腕を振り上げたが、―――

「…」
どうしても、その腕を振り下ろすことは出来ずに。

「…うん、父ちゃんも言っとったけんね、人からもらったモンば粗末にしたらあかんち―――」
そんな言い訳を自分に必死に言い聞かせる。
腕を振り下ろせなかった理由がそんな社交辞令ではないということは、自分が一番わかっているはずだけれど。
「……それだけったい。」

桃色と黄色の花が律儀にも交互に編みこまれている、綺麗な花冠。
アイツはこれが自分に似合うと言った。
彼の言っていることは何処までが本気で何処までがからかいなのかがわからない。とかく、頓狂なことばかりを言う。

“ボクはキミを好きになりました。恋に落ちました。”

(…顔はキレイやのに)
ふっとそう浮かんだ言葉も慌てて否定する。
きっとあの言葉もからかいの言葉なのだ。自分を混乱させて、その姿を見て嗤うための―――

「…まあ良か。今度会った時に思いっきり“否”ば言ったるけん…!」

さあ、早く先を急がなければ。
遅れをとれば、それこそ嫌味な彼に何を言われるかわかったもんじゃない。


散々迷った挙句サファイアは花冠をポーチの中へ少々乱暴に詰め込むと、壮麗な花畑を背に次の街へと走り出した。



/end/
■ルサフェスさまに献上させていただきました…ル、ルサっぽくない?みたいな(…)
 何となく拙宅のルサの基本を描けたりー。ルビは過剰愛、本当に姫が好きなんだけどやり方がちょっと曲がってるから純な姫はからかいとしか受け取れないみたいな。
 …うん…いつかは愛情だってわかるはずです…うん。(?)