約束されていた地位が、剥奪された。
…いや、ただ時間が伸びただけなのだけれど。
…その時の私たちにとっては、絶望と、我が子の才に驚き恐れたばかりで…
「…では、あの騒動はルビーが…」
「ああ。あの子の恐ろしいばかりの勇気と才能が、逆にそれを生んでしまった」
まだ4歳。普通なれば、野生のポケモンを見ただけでも泣いて逃げてしまってもいい年齢なのに。センリによって幼い頃から、―――といっても今も十分幼いのだが―――
バトルを鍛えられていたルビーは臆することを知らなかった。
大の大人でも臆してしまう巨大な竜ポケモン。
ルビーは溢れんばかりの自信と期待で堂々と立ち向かった。
そのバトルは、ルビーにとってはむしろ遊んでいるかのような感覚で。
捕獲用のボールを持っていなかった。とどめをさすようなことはしなかった。
…そして…。
研究所に倒れていたボーマンダの傷を見てすぐにルビーの仕業だと気づき、何とか大人たちの責から我が子を守った。
協会から厳しい罰を言い渡され、外に出た。
不安そうな表情を隠しきれない妻と友人。それからすぐに自分の元に走ってきたルビーの言葉で、憶測は確信へと変わった。
「父さん、父さん聞いて!NANAもCOCOも父さんに教えてもらった技、使えたよ!でもあのボーマンダ、何処かへ逃げちゃったけど…」
無邪気な表情が痛かった。
ねえねえとすがってくる息子の顔を直視することも出来ず、ただ握り締めた拳に力を入れることしか―――。
それからは、いいつけられた命によってホウエン地方にいることが多くなった。
ジョウト地方に帰る時間がとれず、あっちで不思議なポケモンを見た、そっちで不思議なポケモンを見た、と聞けば飛ぶ毎日。
たまに家へ帰ってくれば疲れきっていて自分でもわかるほどに無愛想になってしまう。
教えて、聞いて、と寄ってくる息子にバトルを教えてやる時間もなかった。
しかも、大抵家へと帰ってくる時間は真夜中。ルビーは寝入り、妻も眠そうな顔を押し隠しているような表情という有様。
「あなた…明日早くにはまた出てってしまうのですね」
「…すまない。お前にはまた無理を強いらせてしまうな」
彼女は夫の強気な眉が申し訳なさそうにさがるのを見るに忍びなかった。
いいえ、と首を横にふった。
「私のことより、ルビーが…あなたを恋しがっているみたいで…」
「…それは、仕方のないことだ。最近は忙しくてバトルを教えてやることも出来てないからな」
「せめて、ルビーに事情を話してみたらどうでしょう?頭のいい子です。理解してくれるかと…」
「理解されたらむしろ困る。…あいつにそんなことを言ってみろ。自分のせいで、と思い込まれたら一生影が出来てしまう」
「でも…!もしかしたら、あの子、あなたを将来恨んでしまうかも…」
せめてルビーが起きてくる時間までいらっしゃってください。
そう言う妻を、無言で制した。
「…それを受け止めるのも、親の責任だ」
そういって逃げている。
自分でもわかっていた。こういってルビーを直視することから逃げていれば、必ず何処かで歪みがあらわれてくることを。
出来るだけ家に帰ろうとは決めていたが、あのポケモンの行方はいつまでたっても知れず。色々なところで姿を見た、という情報だけが飛び交って、
無駄に時間を費やすだけの毎日になっていった。
ルビーも最初こそお帰りなさい、と迎え出てくれていたが段々と距離が離れていき、姿を見ないことも増えていった。
それから5年程たったある日のこと。
久々に家へ帰ってきた時、棚に見慣れない賞状やトロフィー、盾などが飾ってあるのが目に入った。これは何だ、と妻に聞いて見れば、
ルビーがコンテストに出て獲得してきたものだと言う。
コンテスト。
ホウエン地方でもいろいろな町に会場があるのを見た。ポケモンを飾り立て、そんなことで魅力を競う馬鹿げた勝負―――。
カッと頭があつくなった。
気がついたら息子の部屋へと走っていて、寝ているところをたたき起こし殴っていた。
「俺はコンテストなど許さん!」
「あなた!!」
妻の制止でふっと我に返る。
起こされたばかりでルビーは唖然としていたが、段々と状況を判断していくにつれ強い眸で自分を見つめ返していた。
殴られた頬を撫で、言葉こそ出さなかったものの。
いつもボクやママを放ったらかしにしていたくせに、今更父親面をしてそんなことを言うのか。
息子を殴った拳がじん、とした。
ルビーと一緒に寝ていたエネコがルビーとセンリを心配そうに見つめ、にゃあ、と啼いた。
それからも変わらなかった。
相変わらず忙しく外を飛び回っていたし、唯一変わったことといえば家に帰ればルビーとの衝突が増えたことくらいだ。
反抗期というのか、生意気なところが増えた。
妻は「あなたに似たんですよ」と笑うが。
過去のことにこだわってしまい、未だにルビーを直視できないでいた。
しかし、それも今日まで。
自分はジムリーダー試験に再度受験し、そして合格した。そして明日はルビーの11歳の誕生日―――
明日くらいは全てを忘れて、こちらに引っ越してくる家族と共に過ごそう。
そして、コンテストのことを許すとルビーに伝えよう。
そうしたらきっとルビーのことを直視出来る。歪みも、全て元に戻るはずだ。