そこは、とても有名な教会なのだと母が言っていた。
ここで式をあげたカップルはずっと、―――死が二人を別つ時まで、―――幸せに暮らすことが出来るのだとか。
それを聞いた時はありがちなフレーズだ、と思ったが実際ここに足を踏み入れてみると、成程、確かにそうかもしれないと思った。
綺麗に並べられた椅子、立派な黄金のパイプオルガン…何の穢れも寄せ付けないような、真っ赤なヴァージン・ロード。
真っ直ぐとのびているその上を進めば、神父様が永遠の愛を二人に誓ってくれる祈りの台へとたどり着く―――丸天井から光の降り注ぐ、神聖な祭壇へと。
両壁で窓の役割を果たしているステンドグラスも見事なものだった。
聖母マリアが神から妊娠のお告げを受けるシーン、そしてマリアが馬小屋で出産を迎えるシーンなどがモザイクに表現されている。
「Amazing…」
「すごかねえ…何か、まさしく教会って感じったい」
典型の中の典型というか、教会など自分には縁のないものだったからか…圧倒されてしまった。
明日ここで式をあげるので、下見のつもりで少し見にきただけだったのだが―――
「…Wonderful、だ」
入り口の戸をあけると、すぐに中のそんな景観が目に入った。
天井も高く、装飾も素晴らしい…何処を見ても、壮麗、荘厳、の言葉が漏れる。
しかし何より驚いたものは…祭壇の丁度真上にかかっている十字架、そしてはりつけになって苦悶の表情を浮かべるイエス・キリスト。
「ねえルビー、あん人は誰とね?あの十字ん所にかかっとう…」
「…キミ…本気でそれ言ってるのかい?…イエス・キリストだよ。」
「イエス?」
「神さまだよ。苦しい時悲しい時辛い時、自然と皆の口をついてでる祈りの対象さ」
信仰している者もしていない者も、調子が悪くなった時には皆がすがるお人。
それでも聖書によれば、神は自分にすがってくるものは全て救済するのだという。その慈悲があだとなり、彼は十字架にかかったというのに…
「…矛盾しているよね。神は素晴らしい、神をあがめよと信仰する者たちは声高に叫んでいるのに…神をはりつけにした偶像をおがむなんて」
彼の苦悶の表情こそ、神が我らを慈しんでくださっている慈愛の表情なのだ、という者もいるが。
「ねえ、世界ってのは全てが矛盾なのだとは思わないかい」
「…何が」
「アダムとイヴが知恵の実を食べたことからボクたちの消せない罪は始まっているのだけれど…罪深い存在でありながら、神は未だにボクたちに“生きる”ことを許している」
「…?」
「姦通することを禁じておきながら、神様は人に男女が交じり合う以外に子を成す方法を与えなかった」
「…」
「神はボクたちに滅びよ、と言っているのだと思う?…否、違うね。神はボクたちに“罪を冒せ”と叫んでいるのさ」
ルビーは何を言っているのだろう。
普段教会など全く来ないから、教会の雰囲気というものに呑まれたのだろうか―――
自慢ではないがこれまで神というものを全く信じたことのないサファイアには、ルビーの言っている言葉の半分も理解出来てはいなかった。
「大体ボクがキミに惹かれたことからして矛盾なんだよねえ」
「!な…っ」
「元々ボクの好みはボクのコンテスト趣味を十分に理解してくれる人だったんだよ。綺麗でかつ可愛くて賢くて…ポケモンもそんな感じのを所有しているような。
それが現実はどうだ?
泥で化粧をするような野蛮人、優雅さの欠片もなくてコンテストなんてまったく理解出来ないキミなんかを好きになってしまって。
…事実は小説より奇なり、なんてよく言ったもんだよねぇ」
「あんた…!黙って聞いとれば好き勝手言ってくれるとね!あたしだって…!」
「でもそんなキミが愛しいんだよ。誰よりも何よりも、ボクはキミを愛しいと思う。」
振り返り微笑んだ彼の顔は、とても穏やかでキレイだった。
ステンドグラスから漏れる日光を背に背負い、まるで光の中で微笑んでいるような―――見惚れて、しまう。
「ねえサファイア、…しない?」
「?何を?」
「そんな無粋な言葉返さないでくれるかな…セックスに決まってるだろ」
「!!」
「明日にはキミはボクの妻になるんだからいいでしょ?」
何故彼はそんなにもはっきり物事が言えるのか。サファイアは顔の体温が一気に上昇するのを感じていた。
穏やかな物言いだが、そこには何処か自分に有無を言わせないような言い知れない圧力があって…でも、それが嫌なプレッシャーなのではなくて。
「い…嫌ったい!」
恐怖からではない、ただの恥ずかしさからくる反発の心だった。
しかし彼はふーん、そう、と軽く言い、するすると彼女に近づくと―――少々乱暴とも言えるほどに彼女を赤いシートの上に組み敷いた。
「つぅ…っ」
「あ、ごめんね少し荒っぽかったかな…キミがつれないなことを言わなかったらもっと優しく出来たんだけど」
責任転嫁をするな、と叫ぼうかと思った。
でもそんなことより…きりきりと痛む、彼が抑える自分の両手首の痛さに目を細め、彼が本気なのだという羞恥から更に頬を赤くそめなければならなかった。
「な…んでこんな所でそんなことばせんといけんとね…!」
昨夜だってあなたはとても楽しそうに、満足そうに。何も解らずに喘ぐあたしを、何度も何度も―――。
「さあ、どうしてだろうね…したくなったから、ってのが一番簡潔で的を得ている回答だろうけど。…そして…」
ちらり、とルビーは一瞬だけサファイアから視線をはずして。何処か、を見た。
「―――ねえ、どうしてセックスをすると快感を覚えるのだと思う?」
「知るわけなかとやろ…っ」
「多分、同時に背徳の念を覚えるからだと思うんだ―――人を裏切ったり、世間道徳的に“悪”だとされていることをするとドキドキするだろう?
そういう時、人は知らずに興奮しているんだって。
それと同じ原理なんだろうねぇ」
神は人に穢れた行為を禁じた。それでも人は、それに背かって交わりあう―――その“事実”に、人は興奮しているんだ。
「抵抗されると逆に興奮するのも…罪深いと感じているからなのかもしれないなあ」
罪深い自分。罪を冒しながら、それでも裁きを待ち望んでいる、相反性。
神様、助けてください。ぼくは裁かれないと、彼女を何処までも貪ってしまいそうなのです。彼女を壊してしまいそうなのです。
欲望に溺れて、大切なものを失ってしまいそうなのです。
「それをこんな神聖な教会でセックスをしたら…あはは、すごい感じちゃうかもね?」
「ルビー…っ」
「…大丈夫だよ、さっき鍵をかけたから誰も来やしない…誰かに見られるってことはないだろうさ、安心しなよ。―――見られるとしたら…」
ボクたちの目の前で十字架にかかっている、神様くらいかな。
神様はボクたちのために十字架にかかり、絶命されたのに。
ボクたちはその恩を忘れ、(否、覚えていても、)罪を冒さずにはいられないのだ。
ボクは罪を冒す。
彼女がボクの前で乱れ踊る限り、罪を冒さずにはいられない。この手を穢さずにはいられない。
ギリ、と更に強くサファイアの細い腕を握った。
逃がさない、とでも言わんばかりに…(否、本当は叫びたいのだけれど。彼女はボクのもの、絶対に誰にも渡さない…逃がしはしない、と。)
彼女の細い腰を強く握り、まるで獰猛な獣が牙をつきたてるように欲望を貫く。
少しかすれた声で、彼女は怒りのような、悲しみのような、喜びのような、色々な感情の交じり合った高い声を響かせた。
鳥肌がぞわり、とたって。
何度も何度も、理性を捨ててボクはその行為をくりかえさずにはいられなかった。
愛してる、愛してる。
連続される乱暴な行為の中で、ボクは言い訳のように眼前の彼女に愛を叫んでいた。
彼女からの返答は、甘い喘ぎ声。
赤いシートの上で、お姫様は何処までも淫らに踊る。
本来なら人々の祝福の中で白い花嫁が歩くヴァージン・ロード。その上で、ボクたちは今罪を冒しています。
神様、裁くのであればボクの尽きない欲望と罪深い彼女の愛らしさを裁いてください。
神様、裁くのであればお早く。
彼女の白き肢体が紅く染まる前に、 …ボクの色に、完全に染まってしまう前に、 …お早く。
罪を冒せ。
―――そんな叫び声が、何処からか聞こえた気がした。
/end/
◆ルビが色々と痛い人ですみません orz
実はこれ私が色々な同人ジャンルをやってきた中で、ずっと(多分5年くらい)やりたいと思っていたテーマなのです。
背徳の恋というか…今はもう閉鎖されたあるサイトさまの絵をモデルにしたSSなのです。幻水ジャンルですが…ポケジャンルになってやっと成就出来ました。