「驚きましたね。まさかここまで追い掛けてくるとは…」
「ごたくば聞く気はなか!」




強く自分を諌める彼女の強い眼差しが目に焼きつき、凛とした声音が脳裏に響いている。
トウカで対峙した時は、ただの好奇心旺盛な少女、少し痛めつけてやれば…と軽く思ったものだが。

彼女は意外に、面白い存在となりそうだ。




「…クさん、シズクさん」

名前を呼ばれふっと意識を取り戻した。
先程まで私室に一人だったはずだが、いつの間にか目の前に心配そうな顔をした仲間の青年が立っていた。
とはいっても、自分は彼の名前すら知らない―――『今回の計画』のために、総帥が特別につけてくれた初見の部下なのだから。

「大丈夫ですか?最近作戦会議ばかりでお疲れなのでは…」
「大丈夫ですよ。…少し白昼夢を見ましたがね…」
「は?」

軽く目元をほぐす。
こうして刹那瞼を閉じるだけでも、暗い闇の中に彼女の姿が…モノクロームの中に、彼女の藍色の瞳が強く輝いていて。

「いえ。…それより、作戦の進度はいかがですか」
「はっ着々と進行中です!イズミさんはソライシ博士と共に流星の滝に向かわれました。ウシオさんもあの邪魔者の討伐に先程」


彼の言う邪魔者。それは勿論、彼女のこと。
トウカの森での出来事を総帥にお話した時から、彼女は我らの“敵”となった。
時が来るまで水面下でひっそりと事をなしとげようとしていた自分たちの存在を知ってしまった、いわば障壁―――邪魔でしかないもの。

邪魔者は排除せよ。我らの道を妨げる者は生かしてはおかない。
我らと敵対する例の粗雑な団と共に、彼女は消さなければならない存在なのだ。

「そうですか。ではこちらもすぐに始めなくてはなりませんね…もう少ししたら参ります、先に行ってて下さい」
「はっ…失礼します!」

きびきびとその青年は敬礼をして、足早に部屋から去っていった。まだ団に入りたてなのだろう…初々しささえ感じられた。
彼の走り去る足音を遠くに聞きながら、息を一つつく。



「…彼女の始末を…?」

この作戦につく前、廊下でウシオさんに会った。
手持ちを全て持ったその装備からすると、何処かへでかけるのだろうとは思ったが…総帥は彼に彼女の始末を頼んだのか。
自分で始末できないのは少し残念に思ったが、まあ一少女にかまけている暇はないので仕方ないことだろう。
もう一度あの瞳に会いたかったが―――

「今は微々たるものでもいつ脅威となるかわからない…サファイアさんの進行方向は予め調べておきました。現在、こともあろうにフエンへ向かっているのですよ。
邪魔をされる前に私が片付けます」

…彼が、彼女を?

「…そうですか。頑張って下さいね」
「はい、それでは」




彼には私の考えは読めなかっただろう、きっぱりとした顔で彼はその場から去っていった。

作戦が成功すればそれはそれでいい。
…しかし、彼には悪いが彼女は到底そんなことで死ぬ様な人間とは思えない。…きっと罠をかい潜り、私の元まで来るだろう…

(さぁ、来なさい)

罠をかい潜り、私の目の前まで来た時に―――最大の絶望を味わらせてあげましょう。

ヒラリ、と何処からか蝶が飛んできた。光にひかれて飛んできたのだろう、目の前でヒラヒラと無邪気に飛ぶ蝶々。
何となく不愉快さを覚え、ふいに捕まえた。
訳もわからず逃れようと必死に暴れるソレを蝋燭の上に翳すと―――ジジ、と音とたてて呆気なく燃え消えて。

(…貴女もこの蝶のように)

愛し姫君よ。私の目の前まで飛んで来た時に、その羽根をもぎ取ってあげましょう…。
早く、ここまで来なさい。

「さぁ、始めますか…火山休止計画を」


羽根を失った鳥は、二度と空を羽ばたくことも叶わない――――。
そして閉じ込められた籠の中で、醒めない悪夢を見るのだ。



/end/
☆シズク乙。彼には姫に危ない感情を抱いてほしい。とことん策略家でいてほしい。