「はっきりとしたら良いと思います」
「…簡単に言うぜ…あんた」


悩み頭を抱えるオレの目の前に、腕を組み憮然と立っている女。ダイヤ曰く、彼女は「お嬢様」。俺はコイツの名前すら知らない。(知った所で、呼んでやるもんか)
その顔立ちはとりあえずトトノッテイルが、オレを見下ろすそのぱっちりした目は、何だか蔑んでいるようにも見える。
組んだ腕の隙間からちらりと見上げたが、彼女の表情はいつもと相変わらず無表情のままだった。
愛嬌ってものが見当たらないんだよなあ、この女。ガイドのくせに。

「もう一度申します。そういうことははっきりすべきだと思います。悩まれたままでは、旅も円滑に進みません」
「あーーーーーーもう簡単に言ってくれるな!これはそう簡単な問題じゃねえんだよ!世間知らずなあんたには関係ないことだろ!」
「失礼ですね。世間知らずでも、愛は語れます。父と母に愛情をかけていただきましたもの」
「…両親の“愛情”とこういう“愛情”を一緒にすんなよな…」
「どこがどう違うのですか?あなた説明出来ますか?」

口は達者だしよ。

オレはすぐ手の出る乱暴な部類じゃねぇけど、こういうネチネチしたのを聞くとパンチのひとつも出したくなるぜ。
女にそれをするのは男のプライドが許さないからぐっとこらえるけど。

「…だって…アイツは男だぜ。そして、オレも男だ。きっとオレに言う“好きだ”ってのも純粋な思いからだ」
「あなたの思いは汚れていますの?」
「…そうかもな」

ああ、こらえろ、こらえろオレ。この女のぶしつけな質問も、“純粋”ゆえだ。

「それに、アイツはお前に惚れてんだよ。キレイだって。守りたいって」
「…まぁ」

心なしか、彼女の頬が少し赤くなったような。それを確認する前に、彼女は瞬時にオレに背を向ける。後姿でよくわからないが、手で頬を押さえているようだ。
…いつもの表情を崩さぬように、気の許さない男に不覚を見せないように、体制を整えているってわけね。

「照れてんの?」
「照れてません」

…まあ、コイツにもこういう意地っ張りでちょっとだけ(本当に、ちょっとだけ!)女らしい仕草が見えたりするからな。たまに、(本当に、たまに!)カワイイと思ってしまう。
ダイヤの気持ちもわからんでもない。

「…男と男の恋愛なんてよー何も生み出さねえじゃん」
「あなたは何かを生み出すために人を愛するの?」
「………」
「彼だけではありません。誰かを損得なしに愛してごらんなさい。そうすれば、何かが見えると思いますわ」

にこっと“お嬢様”が笑う。いや、「にこっ」とではなく、「にやっ」と、だろうか。
気に食わない女に説教をかまされたようで、更にむかついた。

「…オレがあんたを好きになったら?」
「…それは損しかありませんね。望みがありませんもの」
「かー可愛くねぇ」

そうは言ったものの、それが現実になりえてしまうような気もしないでもない。シャクだけど。

お嬢様はすぐにオレに背を向け、去っていった。…頬に、手をあてて。

「照れてんの?」

オレのそんな問いかけにも、もう答えなかった。