「足元、気をつけてくださいね」
「ああ」


その年、例年にないほどの大寒波がカントーを襲った。
“カントーに巨大な氷ポケモンが襲来し、「あられ」や「ふぶき」を起こしているのではないか”…そんな馬鹿げた話がマスコミ間で生まれるほど、
毎日霰や雪の日が続いた。
今日は、そんな日が続いた中での久々に晴れの日だった。
最も気温の低さは変わらず、レッドもイエローも十分に着込んだ上の外出だったが。

イエローは日々続く気温低下に、トキワの森の野生ポケモンを心配していた。これだけ寒くては食料がとれないのではないか…
生まれたばかりだったポッポの子どもたちは大丈夫だろうか。
降り続く雪を見つめながら毎日はらはらしていたのだが、今日やっと久しぶりに天気が回復したので、森を散策するついでにレッドと森を散歩することにした。
(イエローが1人で行こうとしていたのを、レッドが「心配だから」と付き添いを申し出た故の同行だ。)

「久々の晴れの日だからって早速デートなんて、妬けるわね」とブルーが茶化したのに2人が頬を赤くしたのは、寒いからではないだろう。




「うーしかし寒いな… って、うぉっ」
「あ、だ、大丈夫ですかレッドさん!?」

油断するとすぐに地面の氷に足をとられ、滑ってしまう。転びこそしなかったものの、体勢を崩しかけた。足をふんばり、大丈夫大丈夫と明るく微笑んでみせると、
イエローは良かった、と胸をなでおろした。

もうすぐ春だというのに、木々は葉に雪をつもらせ、枝にはつららを宿している。野生のポケモンたちの姿は見当たらない。冬眠しているのか、それとも体力を
消耗しないために巣でじっとしているのか…。どちらにせよ、空腹を覚え寒さに身を震わせていることだろう。
野性のポケモンに直接エサを与えることは出来ないので、イエローが家から持ってきた木の実を土に埋めたりその場に置いたりする。
このまま凍ってしまわなければいいけれど…そんな不安もあったが。

「けど…この氷を見てると、何か思い出すなぁ」
「?何をですか?」
「カンナの氷で、氷付けになってたことさ。」
「あ…」
「馬鹿だよなー俺。氷とか、手枷とか、そういうの見るたびに思い出しちゃうんだよ。今はもうカンナを恨んではいないぜ?ナナシマでも協力してくれたしさ。でも」

レッドが手首を押さえ、自嘲気味に哂う。
今はもう痺れることはない。でも、関連するものを見るたびに古傷が痛むような感覚を覚える。今でも、腕時計をはめることが出来ない。
いや、それ以上に思い出すのは。
全身が氷づけとなる寸前。ピカが必死にサワムラーの追跡から逃げるのを確認した後、力なく岩の裂け目へと落ちていった瞬間。
自身の無力さを呪い、青い空を仰ぎ見たあの瞬間。


“お前の気持ちを…読みとれるトレーナーがいた…ら…なぁ”


「誰を意識して言った言葉じゃなかったけど…それがイエローだったってわけだよなあ」

何とかこのことを、彼らの野望をピカから読み取ってくれる、そんなトレーナーがいたら――夢を見る感覚で発した言葉だったが。
その“夢”が、今目の前にいる。
可愛らしいポニーテールの、俺を慕ってくれるこの無邪気な少女。体にも心にも傷を負ったピカを引き取り、1人でずっと俺を探し続けてくれた。

肩に乗ったピカが、頬をすりよせてくる。彼女の大きな緑色の目の中に、自分がうつっている。

「羨ましいよ、イエローのその力が。俺はバトルは好きで、勿論ポケモンも好きだけど、気持ちを把握するまでは追いつかないしさ」
「そ、そうですか?」
「うん。俺熱くなると相手の気持ちとか考えずに突っ走っちゃうからさー 手持ちたちの考えてることは大体わかるようになってきたけどさ」

野生とかになると、全然駄目。襲い掛かってくるポケモンに応戦するので手一杯で、すぐに相手を傷つけちゃうんだよ。
たまにそのことをグリーンに窘められる時もある。

「それに癒しの力ってすごいよ。傷ついたポケモンをすぐに癒せる。優しいイエローにぴったりの能力だよ」
何より傷薬とか金がかからないじゃん、今月俺ピンチなんだよなーと、レッドさんが悪戯っぽく笑った。

彼の横顔に、言葉がつまる。
そんなことないですよ。レッドさんは優しい方。それはボクが一番知っている。こんな力なくったって、レッドさんはポケモンを一番に考えている…ボクの、憧れの。
そんな想いが口からついて出そうになるけれど。
違う、そんなことを言えばいいんじゃない。ボクが本当に言いたいことは、その場逃れの慰めの言葉じゃなくて―――


「じ、じゃあ…ボクが、レッドさんの代わりになります」


「…へ?」
「ボクがレッドさんの代わりになります。ボクがいつでもレッドさんの隣にいて、レッドさんにポケモンの想いを伝えます。バトルで傷ついたポケモンたちも癒します。
…そ、それに…
レッドさんが傷ついた時には、ボクがレッドさんを抱きしめて、レッドさんのことも癒せたらいいな…なんて」

真冬だというのに、イエローの頬は紅葉を散らしたように赤くなった。
イエローの癒しの力が人間にはきかないことはレッドも承知の上だ。ということは、今の言葉は―――。
イエローはすっかり恥ずかしさで身を縮め、レッドの顔を見られなくなった。 レッドは無言で、微動だにしない。

…レッドさん、動かない。何も言わない。 いきなり何言い出すんだって思ってるのかな。

「う、嘘ですっ ちょっと言ってみ」
「嬉しいよ…!!」

おどけた表情をしてみせる前に、イエローの顔はレッドの胸の中に沈められた。
気が動転して慌ててレッドの腕の中から彼の顔を見上げれば、レッドはとても嬉しそうな笑顔で。 イエローの、大好きな顔。

「約束だぜ、イエロー!ずっと俺の傍にいてくれよ!朝も、昼も、夜も!」
「え、 あ… は、はい」
「絶対だぜ!あーやべ…すごい嬉しい…。  …イエロー、やっぱ俺お前のことすごい好きなんだ…」
「ッ!」
「本ッ…当に本当だよな?俺の傍にいつもいてくれるか…?」
「…はい… はいっ…勿論!」

両肩を持たれ、目を見て真剣に問われた。愛しさと、少しだけ臆病さの混じった赤の瞳。
その瞳に吸い込まれるように、それでもしっかりと、イエローは返答した。

わたしのことをすきだといってくれた。すごくすきだと、いってくれた。
でも、わたしだってあなたのことがすごく好きなのだから。だれよりもすきなのだから。そのおもいは、まけません。

それを伝えるように、しっかりと、見つめかえして。

「…ありがとう」


こんなに喜ぶレッドさん、初めて見た…。イエローがそう感じるほどに、レッドは全身で喜びを表現していた。
イエローはそんなレッドの顔を見上げていたが、またすぐに強く抱きすくめられた。
…暖かい…。
そ、っと背に手をまわす。しっかりした体格。自分が何年か前に初めて、この森でレッドと出会った時に彼に感じたたくましさ。それがそこに今も宿っていた。
あの時は、年はそう自分とかわらないのに、彼がとても頼りがいのある“お兄ちゃん”に見えた。

今は違う。

ただの強い“お兄ちゃん”ではなくて、ボクの大切な人。
いつでも傍にいたい、(でも、旅が好きな人だからいなくなってしまうかもしれないけれど、)それでも、出来る限り傍にいて見つめていたい人。
ずっとボクを見つめていてほしい人。



雪がまた、しんしんと降り出した。
まるで抱擁しあう2人に遠慮するかのように、ひっそりと、ではあったが。 

そこには、更なる寒波を予想させる勢いはなかった。



春は近い。