長いキスだ、と二人共が感じていた。

それでもどちらも離れようとしない。最初に口を近づけたのはルビーだったが、普段恥ずかしがりなサファイアがそれほどの 求 め キスに応じたのは
この場が薄暗がりだったからだ。
といっても、今は夜ではない。まだ太陽も元気な、真夏の午後。そしてここは賑わっている街の大通りから、一本外れた路地裏である。
しかしここはちょうど建物の影になっていて暗く、恋人たちが体を密着させるには最適の場所だった。
それを知ってか知らずか、大通りを歩いていたルビーがいきなり隣で同じく歩いていたサファイアの手をひき、この路地裏に入ったのだった。

それでもどちらとなく口を名残惜しげに離した瞬間、サファイアは暗闇でもわかるほど顔を赤くさせた。
「……いきなり何ね、全く。あんたはいつもそうったい、何でも急にで。ついていけんたい」
顔の赤みを隠すようにひねくれ事を言ってみても、ルビーにとっては愛しさが増すだけだ。自然に笑みが零れてしまう。
「路地裏だからいいじゃないか、誰も見てないんだし」
「路地裏って、大通りから少し奥に入っただけったい!少し戻れば、すぐ人通りの多い道とよ!」
「ごめんてば」
そう言われ抱きしめられれば、山ほどあったはずの文句が途端に口から出なくなってしまう。口をぱくぱくさせて、視線をフラフラさせて。
やがてサファイアが観念してルビーの胸におさまる。
……まぁ、これくらいなら。
そんなやりとりの流れは、二人にとって日常茶飯事とでも言うべきことだった。


「…………ねぇ、サファイア」
「……何ね?」
おずおずとサファイアがルビーの首に手をまわしたのを確認したかのように、ルビーは耳元で囁いた。
「さっき、木の実の薬を街の人たちに分けてあげてたじゃない?その間、ボクは本屋で待ってたんだ。コンテストの雑誌を見ようと思って」
「うん」
「でも売り切れでさ。代わりに隣にあった雑誌見てたんだ」
「……?」
「大人の男性用の雑誌っていうの?綺麗でスタイルのいいモデルが挑発するような艶かしいポーズとってて。ボク全部見たんだけど、でもなぁんにも
思わないんだよね。男だったら興奮するものなんだろうけど。
それで自覚したんだけど、どうやらボクはキミでしか勃たないようなんだよね」

がしゃり。

「?!」
話に夢中になっていて、ルビーが後ろ手に何をしているかまで気がまわらなかった。音に気がついた頃には、すでに自分の手首にはずっしりと重たいもの。
……腕が動かない。ルビーの首まわりから、腕が戻せない!
「!!何ね?!これは!」
「何って、手錠だよ。いつもこれ使って遊んでるじゃないか」
かっとサファイアの頬に赤みが差す。そしてすぐに、「じゃなか!何でここではめるとか!」と至極当然の言葉を口にした。
「さっきの話の流れで分かってよ。モデルさんでは興奮しなかったけど、サファイアと再会したらいきなりやりたくなっちゃってさ。ちょうど路地裏もあったことだし」
「なっ……ここは外とよ!!」
「だから?……外だろうが中だろうが、やりたくなったらやればいいと思うんだよねえ、ボクは。でも久々だね、外でやるの」

その表情や言葉に“誰かに見つかったら”といった躊躇はない。“サファイアはどう?”といった「建前」の思いやりの言葉もない。
……いや、以前からそんなものルビーは持ち合わせてはいないのだが。
「でも、キミは逃げちゃおうとするでしょ?キミはとってもおてんばで、恥ずかしがりやだからね。だからこうして動きを封じるしかない」
苦肉の策とでも言わんばかりにルビーは眉をひそめる。
「別にいいんだよ?ボクは路地裏じゃなくてもその辺りの草むらとか大通りでセックスしても。でもキミが発狂しちゃうかもしれないから気をつかって
路地裏に入ったんだよ」
ぞっとした。……こうしてルビーが綺麗なほど微笑む時は全て真剣にものを言っている時だ。
「……嘘ったい……!」
「?」
「発情してないなんて嘘ったい……!現に今あんたがあたしにしてることは、」
「違うよ」
柔らかさのない、拒絶とも受け取れるほどにはっきりとした口調だった。
「あんな媚びるような目つきの下品な女たちの裸なんかで興奮するもんか。ボクがぞくぞくさせられるのは、いつでも凛として気丈な、ボクに抵抗ばかりするひと……」
サファイアの服のファスナーを下ろしていく。はだけた隙間からするりと手が入り込み、なだらかな膨らみを持った胸を撫でた。
びくりとサファイアが跳ねる。器用な指先が桃色の突起を優しげに弄る。柔らかい部分が、途端に硬直してピンとたつ。それをまた、指でなぞる。
「……それなのに、こうして可愛い反応をしてくれる目の前の女の子だけだよ。本当に、ぞくぞくしてたまらない」

反抗しようにも、既にすべはなかった。

「まぁ、ここは早く終らせとくか」
―――その言葉はけして、サファイアへの配慮などではない。
「……もう、吐き切れそうだし」
足を絡めとられ押し当てられたそれは、布の上からでも早く開放されたくて脈打っているのがわかった。
羽を失くしもがく鳥を目の前にして舌なめずりする猫のように、爛々と目を輝かせて……ルビーはサファイアの腰に手をかけた。 


指でなぞるように撫でただけで、すぐにサファイアのそこはルビーを受け入れる体制を整えた。最も敏感な箇所に刺激を加えれば、そのたびにサファイアはびくびくと
律儀に跳ねくぐもった甘い声を発す。そしてじんわりと、沿えた指に蜜が滴ってくる。
……長く調教した甲斐があったかな。ルビーがほくそ笑む。外見は穢れを知らない処女のように可愛らしいこの娘が、これほど淫乱になるだなんて。
それでも、サファイア自身は自分のそんな変化をそれほど意識はしてないのだろう。
いつまでたっても情事の前は身を強張らせ、目をきつく閉じている。……涙を溢れさせて。零れる涙を舌で救い瞬時、秘部に猛るモノを捩じ込んだ。
ひ、と小さく悲鳴があがる。
狭い。きつい。それでも、緩やかに動かし、時に強く攻め立てると徐々に滑らかに動くようになっていく。サファイアの顔は恐怖の表情から、少しづつ恍惚の色が見えてくる。

「い、やぁ……はぁ、苦し、……っ!」
ルビーの突き上げる動きにあわせて、サファイアは悶える。その激しさに息をすることすら難しいといった様子だ。
逃れようとしても、後ろは壁。
「苦しい?辛い?……ごめんね。ボクの肩にしっかり掴まっていいからね」
そのような慈悲も、無意味だった。何せ、手錠が邪魔をして何かを掴むどころではない。片足だけを持ち上げられ、不安定さに自らを支えることもままならない。
ルビーの動きのままにガクガクと揺れる腰にあわせ、腕は虚空を頼りなげに振られるばかりだった。遠慮のないそれは、直接的に肉壁を擦る。
激しい動きは昇華されず、サファイアを髄から刺激する。……快感に、追い詰められていく。

「ぁう……や……ぁぁあアァッ!!」
サファイアの体全体に走った電撃と、それが引き抜かれたのはほぼ同時だった。
腹に、白濁とした液が放たれる。それは緩やかな速度で太ももを伝っていき、秘部から滴る愛液と混ざり合って石の床にぽたりと濃い染みを作った。

支えられていない片足が、がくがくと震える。砕けそうだ。ルビーにしがみつかないと、立っていることすらままならない。
頬が火照る。息があがる。体が熱い。しかしそれでも、がちゃがちゃと音をたてる手首の鉄の拘束具は熱を持つことなく冷えきっていて……とても不愉快だ。
「……クク、やっぱりだ」
ルビーがとても面白そうに、笑った。何のことだろう、と放心しかけの頭で考える。
……目線を下げれば、熱を放ったばかりだというのに首をもたげる下腹部。そして、ルビーが当然のようにそれを再び秘部にあてがう場面。
「!! 待って、ルビー!もう嫌ったい……!」
「何言ってるのさ?こんなににもひくひくさせて、もの欲しそうにくちを空けて」
否定しようとした口を口で塞ぐ。達したばかりでひくつくそこに再び、乱暴に挿入される。突き上げられた圧迫感に、再び意識が飛びそうになった。
ルビーの舌が口腔内をまさぐる。サファイアの舌と絡める。歯をなぞる。
……それはまるで命を持ったもののように、されどそれしか行為を知らない愚鈍な生き物のようにサファイアの中で暴れている。
そしてそれは下の口も同じこと。擦れあい出し入れを繰り返されるたびに、まるでそこは獲物にかぶりつく獣のように涎を垂らしていた。

口を離すと、銀糸がひいた。うっすらと開けた目から、ルビーの顔がぼんやりとうつる。
……こんなににも自分は身も心も熱いというのに、目の前の彼はとても冷めているように見えた。表情だけは、とても満足そうに見えたが。
じっとりと汗をかき、黒髪が張り付いている。口は弧を描いている。
「それに」
尾篭な音を発し出し入れを繰り返された“それ”が、サファイアの中で急速に怒張していく。限界だとでも言わんばかりに。

「まだあげてないじゃないか、キミの好きなものを」

何を指すかなど考えなくてもいい。こんな時に彼がそう言うことは、一つだけだ。
小さく(ほんの小さく、)息を飲む音が聞こえた。最奥まで突かれたそれが破裂したかのように、熱いものが中に迸る。どくどくと、なみなみと、注がれる。

「ぅくぁあ……ッ」

……逃げられない。飲み干さなければ、許されない。
こうして心も体も彼自身に満たされていく。でも、彼はまだ“満たされてない”のだ。どれだけサファイアを自分のものであると所有印をつけても、物足りない。
収まらない。ルビーの劣情は火山のように噴き出して暴れだす。止められない、彼女に受け入れてもらわなければ……。
ルビーがサファイアと居る限り。彼が彼女を愛している限り。つまりそれは、永遠の約束といってもいいものだろう。

「アハハ、やばいなぁ……。終わらないかも、……」
口を舌で撫ぜて。鎖骨を舌で撫ぜて。胸の突起を舌で撫ぜて。確かに開放されたはずの熱が、また―――。


サファイアの耳に、大通りの喧騒がぼんやりと届いていた。



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